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用無し女の奮闘生活  作者: シロツメ
其の日暮らしの章
21/174

喧嘩するほど仲が良いもの(2)

 宮廷書庫の前には、兵士が二人立っていた。大振りの剣を腰にたずさえている。そういえば、王宮入り口の門番の兵士も槍か何かを脇に立てていた。武器は王道でレトロなんだな。

 今までフォンスさんもトニーもディクシャールさんも、私のいるところでは武器を持っていなかった。考えてみれば、国王様の前だとか部屋の中でもずっと武器をちらつかせていたら怖いだろう。警備の必要な所でだけ持っているということか。

 「サヤ、ここで彼らに許可証を見せるんだ」

フォンスさんに言われて、私は若干線の細い優しそうな面立ちの方を選び、扉前に立って微動だにしない彼の前に許可証を差し出した。因みにもう一人は屈強という言葉が似合う、強面こわもてだったのでやめておいたのだ。誰にでもあるだろう、街中で怖そうな警察官を見かけたら、何も悪いことはしていないのに逃げたくなるという、アレだ。

 優しそうな兵士は、目だけ動かして許可証を確認すると、さっと身体を横にずらした。

「確認いたしました。どうぞお入りください」

彼の声色こわいろは、顔から想像した通り穏やかな響きをしていて、私は少しほっとしつつ、フォンスさんと書庫の扉をくぐった。

 入ってすぐのところにカウンターがあった。

「バリオス殿、中の案内は頼みました」

私の前にいたフォンスさんがいきなり言うので、びっくりして覗き込んだら、相変わらず存在感のないバリオスさんがカウンターの内側にいた。

 陽炎かげろうのような人だ。名前は確かかっこよかったはずなのに。ルー…何とかだ、忘れたけど。もうカゲロウ・バリオスで良いんじゃないか?なんて私がひどいことを考えている内に、バリオスさんは私の前まで出てきた。

「サヤ、バリオス殿について行きなさい。参考になりそうな棚まで案内してくれる。私は会議があるから、もう行くよ」

フォンスさんはそう言って、元来た道を戻っていった。

 「ええと、バリオスさんは戦力外にはできないって聞いてたんですけど…いいんですか?案内してもらっちゃって」

ディクシャールさんの反対具合と国王様の反応からして、バリオスさんが私のためにこの場にいることが不思議だった。

「…この部屋、というより広すぎてもう空間ですな。見渡してみるとよろしい。遠慮などしていられぬことが分かります」

言われた通り見渡すと、とんでもなくでかい棚にとんでもない量の本が詰まって、それがいくつにも連なっている風景が目に入った。そう、これはもう風景の一種だ。国立図書館なんて比べ物にならない。それほど膨大な数の本や資料が、この宮廷書庫に眠っているのだ。

「…じ、じゃあ、遠慮なく、お願いします……」

私は顔を引きつらせながらバリオスさんの後に続いた。

 「あなたには申し訳ないことをしたと感じているのです」

歩きながらバリオスさんはポツリと言った。

「え?」

「初めての挫折だったのです。救世主の召喚に失敗した時、現実を受け入れるのが困難でした。幼い頃から、エンダストリアいちの術師になろうと、友人も作らず遊びもせず、ずっと学んで考えて計算して…。それで今まで失敗したことはなかった。宮廷の筆頭術師にもなれた。だから私のやり方に間違いはないのだと。そして今回も完璧な計算と計画のもとで召喚を行い、あなたがちゃんと現れたのです。ダントール殿に要求された翻訳の魔術具も正常に機能しました。なのに…なのに何故っ…!」

「バリオスさん…」

後ろにいる私からは、不意に立ち止まった彼の表情はうかがえない。

「…こんなことなら、若いうちに少しくらい遊んで、一度くらい挫折を味わっておけば良かったと思いました。あの時、初めての挫折を受け入れるには、私は既に年を取り過ぎ、地位も自尊心も高すぎたのです」

「それで自殺しようと…?」

「ええ、馬鹿な男だとお思いでしょう。私も自分でそう思います。止めに入ったダントール殿や部下の術師達の前で、見っとも無く泣きましたよ。それからダントール殿に腹を殴られて、ようやく少し落ち着きました。"一番辛いのは貴殿ではない"と説教まで受けて……」

地下での出来事を聞いても、私は何も言わなかった。これはバリオスさんが、己の挫折とちゃんと向き合うための独白であって、余計な口を挟むべきではないと思ったからだ。そして、今私は彼の独白を残さず聞かなければならないのだと感じた。

「一番辛いのが私ではなく、あなたなのだと完全に理解できたのは、あなたとダントール殿が王宮から出て行ってからです。泣かないあなたが見えなくなって、ダントール殿が戦以外のところで奔走する姿が目に付くようになり、それなのに私は勝手に泣きわめいて落ち込んで、一体何をやっているのだろう、と情けなく感じました」

きっとバリオスさんは、学ぶことだけで成長してきた分、頭は成熟していても心が少年のままだったのかもしれない。余計なことを考えず、自分の目標に向かってまっすぐ突き進む。その純粋さ故に、救世主召喚の失敗は、彼の幼いままの心を深く傷付けてしまったのだろう。

「サヤさん。今更私の謝罪など聞いても、意味は無いでしょう」

ここでやっとバリオスさんが私を見て言った。

「私は上からの命令がありますので、この広い書庫を案内することまでしかできません。しかし今の私の仕事は、この国に強力な防御壁を張り巡らせること。あなたが安心して帰還方法を探せるよう、エンダストリアを守ることを約束します」

「はい……」

 この時のバリオスさんは、陽炎のごとく頼りない雰囲気はなく、自身の成長を感じて何かの決意を固めた少年ような目をしていた。


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