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用無し女の奮闘生活  作者: シロツメ
其の日暮らしの章
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嫌なことは重なるもの(2)

 言葉が通じたことと、臓器を売るつもりじゃなさそうなことが分かり、改めて目の前の人物を確認した。

 色素の薄い北欧系の顔立ちで、30代半ばだろうか、目尻に薄っすら小皺こじわがあることから私より少し年上に見える。綺麗に刈りそろえられた金色の顎髭がよく似合う。もう10年もすれば渋い素敵なオジサマになりそうだ。古代ギリシャ風の胴体と大腿部だいたいぶ、肩を覆っただけの鎧を何の違和感もなく着こなしている。

 ……そこで何か引っかかった。何かおかしい。

 「……、言葉が通じたところで早速だが、いくつか質問していいか?」

私が無言で観察していたためか、彼は居心地悪そうに目をらして言った。

 いけない、普段モンゴロイドの顔しか見ていないから、ついつい観察してしまった。私にも彼の容姿以外に確認しなくちゃいけないことが色々あるんだった。まずは犯罪組織なのか、善良な一般市民なのか。

「すみません。どうぞ、何でしょうか?」

「我々は君をここへ召喚したのだが、召喚された側の君はどこまで事情を把握しているのだろうか。」

召喚?召喚と言いましたか、今。連れ去ったとか、救助するために運んだとかじゃなくて?

「あのぅ…、しょ、召喚って…?」

「呼び出した、ということだ」

いやいやいや、言葉の意味は解っている。嫌な予感がしてきた。

「私は呼び出しに応じた覚えはありませんが。…というかその前に呼ばれたという記憶もございませんが。」

正論で返してみたら、彼の眉がみるみるハの字に変わってゆく。同時に周りで黙っていた他の人達も「まさか…」とか「そんなはずは…」とかざわつき始めた。

「そうか……。君は何も知らないで召喚されてしまったのだな。すまない」

ええと、これはもしやアレですか。現実逃避が叶ってファンタジーな展開になったってアレですか。魔法とか勇者とか救世主とか巫女様とかいうアレですか。

「……誘拐ってことですか?」

展開を受け入れ難くて、少し意地の悪いことを言ってしまった。

「いや、それは……こちらの事情を知っていて応じてくれたものだと思っていたが…、あぁそうだな。君は最初言葉も通じていなかった。何も知らない者を勝手に呼び出したら誘拐になるかもしれない」

「マジですか…」

 私はあたまを抱えた。あっさり認めやがった。そういえばさっき彼を観察した時に、コスプレか映画撮影くらいでしかありえない鎧姿だった。あまりにも違和感なく着こなしてるからスルーしてたけど…。

「とりあえず、ここは地下で冷える。上で部屋を用意してあるから、そこで詳しく話そう。陛下にも報告せねばならない」

確かに寝巻き代わりの安物トレーナーで石の床の上に座ってたらお尻が冷たい。それにしても今度は陛下って単語が聞こえたぞ。話の筋からして、日本の天皇陛下ってことは有り得ないだろう。

 どうやら彼らは強盗でも臓器売買の犯罪組織でも善良な一般市民でもなく、ファンタジーな誘拐犯だったようだ。







 階段を上がり、地上へと続いているであろう重々しい扉を開けると、一気に気温が変わった。地下ではトレーナー1枚じゃ少し肌寒いくらいだったのが、急に真夏のような気温になった。とは言っても、空気が乾いていてそんなに不快感はない。何だかちょっと前にテレビで見たエジプトを思い出した。あんなに暑い砂漠でも、遺跡なんかの地下深くは意外に涼しいらしい。火でも電球でもない不思議な光に照らされた、窓のない石造りの廊下が続いていて、外は見えないけれど、空気の乾燥具合と気温からして、砂漠か何かがあるような気がした。

 案内された部屋は、アラビア風とヨーロッパ風が混ざったような、独特の内装だった。地下で少し話した彼の格好がしっくりくる部屋だ。最低限の部分を守るだけの鎧の下は、麻のような生地でできた貫筒衣かんとういと膝下までのズボン、革のサンダルに臑当てすねあてがくっついたものを履いている。そして私のピンクのトレーナーは恐ろしいほどこの部屋には浮いていた。

 「まずは名乗っておこう。私はフォンス・ダントール。ここ、エンダストリア王国の軍を統括とうかつする者の一人だ」

良かった。下手に食ってかからなくて良かった。パニックになって暴れなくて本当に良かった。彼はただの素敵なオジサマ予備軍ではなく、本物の軍、しかもその中でエライ人だった。今のところ武器らしき物は持ってなさそうだが、ただのOLが1人暴れたところで素手で簡単に取り押さえられてしまうだろう。

「……お、お若いのに凄いですねえ」

悲しきかな、お偉いさんを前にするとついゴマをすってしまう腰掛けOL根性がファンタジーな世界でも出てしまう。

「あ…ああ、ありがとう。先代の司令官殿らが皆、ここ数年間の戦で亡くなられたんだ。そのために昇格が従来より早くなった。本当なら私の歳で幹部にはなれないんだ」

少し自嘲めいた悲しそうな表情で言われた。ゴマすりにわざわざそこまで律儀な返答があるとは思わなかった。生真面目な性格なのだろうか。

「君の名前を聞いていいかい?」

引きつり顔でゴマをすったのを怯えているととらえたのか、彼は優しくうかがうように尋ねた。

沙弥さやです」

ファンタジーなこの世界に私の戸籍はない。目の前のフォンス・ダントールという人は良い人そうに見えるけれど、さっき自分で誘拐犯になると認めたわけだし、私まで律儀にフルネームで答える必要はないだろう。

「サユ…サィヤ…」

「沙・弥。」

「サ…サヤ?」

「そう、沙弥です」

彼はフルネームではないことは気にしていないようで、発音し慣れない私の名前に苦戦していた。何度か小声で「サヤ、サヤ」と練習すると、次の瞬間、真剣な表情で私を見た。

「ではサヤ、君がここに召喚された理由を説明しよう」



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