人とは矛盾するもの(7)
午後になって、フォンスさんに連れて来てもらった郊外付近に、小さな露店が集まっていた。商人達の容姿は日本人に東南アジア系が少し混じったような感じだった。かなり濃い顔の日本人と言った方がしっくりくるかもしれない。ベタな日本人顔である私とはちょっと違うが、トニーにアジア人の顔の違いなんてわからないのだろう。
この辺にエンダストリア人の姿はほとんどない。異国の珍しい商品や食べ物を見に来た人がチラホラいるくらいである。
「あ、大豆かな?これ……」
色々と見て回っている内に、食料品を売っている店のある商品が目に入った。
「それはタリっていう豆だ」
私と同じくらいの年と思われる店主の青年が教えてくれた。普段聞き慣れているエンダストリア語より、少しイントネーションが訛って聞こえる。
「タリ?へえ、大豆そっくり」
「あんたの国じゃダイズって言うのか?見た目、エンダストリア人じゃないし、トーヤン方面だろう?どこの国だ?」
「に、日本だけど……」
「ニホン…。聞いたことないな。まあ、あの辺は小さい国がごちゃごちゃ集まってるから、全部知ってる奴の方がめずらしいけどな。ハハハッ!」
彼らの国があるのはトーヤンと言う所なのだろうか。国がごちゃごちゃ集まってると言っていたが、日本なんてこの世界にはない国名を聞いても、あまり気にしていない様子だ。
「フォンスさん、このタリっていう豆、私の故郷にあるものとそっくりなんです」
「そうか、ならそれも買おう。馴染みのある食材の方が使いやすいだろう」
「ありがとう!じゃ、お兄さん、とりあえずタリを一袋ください」
これで納豆が作れる。日持ちするように乾燥させてあるから、その間にどこかでイネ科の植物を見つけよう。パンがあるのだから、小麦もどこかで栽培されているはずだ。それから塩がもし海水から作られているのなら、作ってる人ににがりを分けてもらえるかもしれない。そうしたら豆腐まで作れるじゃないか。さすがに手間のかかる醤油や味噌は難しいけれど。
ウキウキしながらタリを受け取ると、店主のお兄さんに苦笑された。
「嬉しそうな顔だな。まあ、故郷の食い物見つけたら仕方ないか。俺はチカジ・トリフ。トーヤンからきたんだ。あと数ヶ月はここで商売やってるから、また国が恋しくなったら来いよ」
トリフか…。世界三大珍味のトリュフを思い出す名前だ。高級だから食べたことないけど。
高級珍味ことトリフさんにお礼を言って、次の店に移動した。
帰りは予想通り、かなりの大荷物となった。とは言っても、ほとんどの荷物はフォンスさんが担いでくれてるから、私は少し大振りのバスケットを持っているだけだが。
「あそこの店の人たちは、トーヤンって言うところから来てるんですか?」
「トーヤンと言うのは、彼らの国がある方面で、一番大きく代表的な国の名だ。その周りにたくさんの小さな国がある」
重い荷物を2つも担いでいるのに、フォンスさんは息切れ一つせずに答えた。
いいなあ、隣から見上げるこの角度。頼もしくてかっこいい。だめだなあ。帰りたいと思ってるのに、フォンスさんを見る度に少しずつ惹かれていってる自分がいる。でもこんな地味な顔の私は、国の事情に巻き込まれた可哀相な子、という同情の対象でしかないだろう。それに散々帰還方法を探せるよう取り計らってもらってるのに、こんな浮ついた気持ちをフォンスさんに知られたら、面倒見切れん!って嫌われるかも。
「もういくつか材料が見つかったら、日本の料理、作りますね?トニーにも食べさせるって約束してるんです」
「それは楽しみだ」
頭で考えていることとは別の話をしながら、夕暮れ時のネスルズを二人で歩いた。
が……
視線を感じる。誰かに見られている。そういえばこの辺りは昨日通ったような気が……。
ふと左を見ると、リリーの食堂があり、道に面した窓から彼女が見えた。
こっち見てるよ…恋する猪女。仕事しやがれ、お客が呼んでるぞ。
「どうしたんだ?」
急にオドオドして視線をさ迷わせる私に気付いたフォンスさんが聞いてきた。
「いえ、ちょっと疲れたみたいで…早く帰りましょ?」
フォンスさんに教えるとめんどくさい事になりそうだから、気付かないフリを決め込み、帰路を急いだ。