人とは矛盾するもの(6)
翌朝、王宮へと出向こうとしているフォンスさんを玄関まで見送りに行った。
「昼には戻るから」
「はい。それまでに掃除を終わらせておきますね」
フォンスさんの後ろ姿を見送るこのシチュエーション、新婚っぽい。新婚って言えばアレが王道よね。
玄関を一歩踏み出そうとした彼に、ふと思い付いたことを言ってみた。
「いってらっしゃい、ア・ナ・タ。早く帰ってきてね?」
あ、つまづいた…。動揺してる動揺してる。
「サ、サヤ?今何て……」
「えっ?玄関で見送る時はこう言うものじゃないんですか?」
耳を真っ赤したフォンスさんが振り返ったが、私はカマトトぶってしらばっくれる。
「いや、それは…間違ってはいないが…」
「じゃあ、いってらっしゃい?」
「うっ、ああ…行ってくる……」
そしてフォンスさんはとうとう首まで赤くして出掛けて行った。
少しやり過ぎたかな。昨日寝る前の照れたフォンスさんがもう一度見たくて、お休みがイケるならいってらっしゃいもイケるんじゃないか、と思って言ってみたのだが、予想以上の反応だった。大人の男をからかうのもなかなか楽しい。門の手前で再びつまづいたフォンスさんを見て笑ってしまった。
硝子戸のついた棚に仕舞われているのに、何故か埃で汚れていた食器を洗っている時、誰かが訪ねてきた。
「ごめんくださーい!」
「…ああ、はーい!今行きます!」
急いで手を拭き玄関へ行くと、昨日会ったトニーのお姉さんが立っていた。
「確か、トニーのお姉さん…」
「おはよう。昨日自己紹介できなかったわね。私リリシアっていうの」
「私はサヤです。ええと、リリシアさんは今日は…?」
「リリーでいいわ。私もサヤって呼ぶから」
呼ぶからって、けっこう強引な人だ。
「ダントールさん、いらっしゃる?」
フォンスさんに早速会いに来たのか。本当に積極的だ。
「もう王宮へ行っちゃったんだけど…」
「えっ?もう?会えると思ったのに。残念」
「まあ、フォンスさんは司令官だから、忙しいんじゃないですかねえ」
昨日の今日でいきなり訪ねてきた上に、フォンスさんと行き違いになったら大袈裟なくらい残念そうな顔をするリリーを見て、ひょっとしたら彼女は猪突猛進タイプなんじゃないかと思った。
「…ねえ、そういえばサヤって、ダントールさんのお客さんなのよね?」
「ええ、それが何か?」
「どうやってお名前で呼べるくらい親しくなったの?私なんて何年もあの方とお話すらできてないのに。たまに街に降りてらしたのを遠くから見つめるだけよ?」
大袈裟に残念がった次は、大袈裟に悔しがりだした。
ああ、感情が激しい。やっぱりリリーは猪さんだ。昨日は憧れの人を私が横から掻っさらったみたいで悪いなあと思ったけど、今日の彼女は心底めんどくさい。
「どうやって、と言われても…私がちょっと宮廷の書庫に調べ物があって。その間住む所の提供と身元保証をフォンスさんがしてくれてるの。ここに女一人で住むのは危ないから一緒に住むことになったんだけど、他人行儀なままだと気まずいじゃない。だから名前で呼ばせてもらってるのよ」
一応嘘は言ってない。猪さんがこれで引き下がってくれることを祈る。トニーは軍の規律で詳しく聞いてくることはないけど、まさか規律なんて関係ない一般人のリリーが首を突っ込むなんて、フォンスさんも予想してなかっただろう。
恋する猪さんは私の答えに首を捻った。
「身元の保証?私の調べじゃ、女性の知り合いでそこまで親しい人はいなかったはずだけど…見落としたのかしら…?」
あんたストーカーかよ。心の中で突っ込んでおいた。トニーもけっこう積極的なとこはあるけれど、リリーはそれ以上だ。ああもう本当にめんどくさい。しかし考えてみれば、私はリリーより4つも年上だ。彼女は自分より下だと思ってるからここまでズケズケ聞いてくるのだろうけど、年下一人あしらえないでどうするんだ私!
「リリー、こちらにも事情があるから、あなたが納得できなくてもこれ以上は答えられないの。どうしてもって言うなら、私よりフォンスさんに聞いた方がいいと思う」
さりげなく詰問の矛先をフォンスさんに向けるよう促してみた。
「ダ、ダントールさんに!?そんな…あの方に話かけるなんて!トニーに手紙を託すだけで胸がいっぱいだったのよ?」
知ったこっちゃない。もう帰ってくれないだろうか。食器を洗いたい。
「ね、リリー。大分陽が高くなってるけど、お店は大丈夫なの?」
「あっ、いけない!まだ仕込みの途中だったわ!じゃあまた来るわね」
リリーは急いで帰って行った。また来るのか。私はうんざりしながら彼女を見送った。