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用無し女の奮闘生活  作者: シロツメ
番外編(過去編)
172/174

君の心、雨夜の月(12)

 3ヵ月後、フォンスはあの現場へ来ていた。クレストがエミューンを殺し、「じゃあな」と去っていった、あの街道へと続く道。

 晴れて帰郷許可の下りたフォンスは、たくさんの風邪薬と、ラビートに無理矢理持たされたミミズの黒焼きと、街で買った母親の好みそうな柄のテーブルクロスを土産に、独り淡々と歩いた。

 昼間に見るそこは、夜と違って開放的で明るい。しかし一歩一歩足を進めるごとに、フォンスの気持ちは切なく沈んでいった。

 バリオスは術をかけた日から、本当にクレストのことを忘れていた。フォンスやラビートのことは覚えていても、クレストのところだけ、ぽっかり穴が空いたように、または物忘れの激しくなった老人のように。最初は「あれ? あの時話しかけたのは誰でしたっけ?」「これは誰に貰ったんでしたっけ?」というように曖昧な記憶に首を傾げるバリオスの話を逸らすのに、フォンス達は相当苦労した。勿論、ワイスにもクレストの話をしないよう言ってある。幸いバリオスは人見知りで、限られた者としか接触が無かった為、事情を知らない者が彼にクレストの話をするという事態にはならなかった。そしていつしかバリオスも、思い出せない謎の人物について聞いてくることもなくった。諦めた、とも言う。

 フォンスの荷物には、そんなバリオスが自分で考え付いたと言う、魔術のランプが入っている。帰郷の時に使って欲しいと渡された時は、バリオスの意外な適応能力に驚いた。

 そしてフォンスは今、クレストの去った街道を辿って北上している。

 街道にクレストの残した痕跡が無いかとキョロキョロしては、情けない自分にため息をついた。

「女々しいな。これだから最後の最後にまで"別れ際の女みたい"と言われるんだ……」

 いくつかの村を越え、1度野宿をし、アメリスタの関所へ着いたフォンスは、懐かしい気分になった。12年前、ここで通行をはばまれたのだ。あの時とは兵士の顔ぶれは違うが、戸籍証明を出す時は少し緊張した。

 何事も無く通ってホッとしたフォンスに、アメリスタ兵の1人が話しかけてきた。

「昨年ここを通ったクレストという男……知っているか?」

「ク、クレストさんがどうしたんですか?」

食い付いたフォンスにアメリスタ兵は驚き、1歩身を引いた。

「近い近い! 離れろ! たく……エンダストリア側からスカル人が来たら伝えてほしいと言われたんだ」

「何を?」

「アメリスタに着いても探すな、だと」

「……それだけ?」

「それだけだ」

がっかりしたフォンスは、沸々と言い様のない怒りが込み上げてきた。

 柄にもなく舌打ちをしたフォンスを見たアメリスタ兵は、不愉快そうに口を曲げた。

「舌打ちしたいのはこっちだ。あの男、死体を運んで来て、アメリスタに持ち込むなと言ったら、引き返せないからここに置いていくなんぞとぬかしやがったんだぜ? 持って行かせたがな。とんでもない男だ。こんなことを言う義理はないが、友人は選んだ方がいいぞ」

 クレストはエミューンの死体をアメリスタに運んだのだ。アメリスタの関所手前までは、事件の調査団が派遣されたが、どうりでエミューンに関するものが何も出てこなかったわけだ。

 「友人がご迷惑をおかけしたようで……アメリスタで探してみます」

フォンスは低い声で言った

「おいおい、探すなと言われたのにか?」

「ええ、探してやりますよ」

「お前も大概だなぁ……」

 八つ当たりにも似た怒りをもて余したフォンスは、それまでよりも大股で歩き始めた。







 フォンスは森を進み、もう1度野宿をして、アメリスタ南部の町に着いた。ネスルズの街よりは閑静なそこは、12年前に通った時とあまり変わっていない。そう、無理矢理公国となったところで、拍子抜けするくらい何も変わらないのだ。

 ロズアークはこれのどこを"不穏な動き"と感じたのか、とフォンスは不思議に思った。

 もう少し北へ行くと、アメリスタ公爵の屋敷がある。一番そこにクレストがいそうなのだが、詳細は不明でもロズアークが視察したことを不快に思ってはいたようなので諦め、フォンスはクレストの出身地であるアメリスタ北端の村へ抜けた。

 南部とは対照的に、のどかな田園風景が広がるそこは、あまり人が歩いていない。時折で畑で農作業をしている者を見かけるだけだ。

 それでも整備されていない凸凹な道を進んで行くと、1人の老婆が畑の脇に生えた切り株へ腰掛けていた。何をするでもなく、ぼんやりアメリスタ公の屋敷を向く姿は、フォンスの目には異様に映った。

 「あのう……」

フォンスは意を決して老婆に話し掛けた。

「はえ? 何か御用で?」

老婆はぼんやりとフォンスの方を見た。

「この辺り出身の、リュード・クレストという者をご存じありませんか?」

「はあ、リュードは私の息子ですが……」

 何と、フォンスはクレストではなく、彼の母親を見つけてしまったのだった。


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