君の心、雨夜の月(10)
翌日の王宮は大騒ぎになった。第3隊の上級兵士が2人も消えたのだ。
フォンスは、夜勤中にクレストとエミューンを通したが、両方帰ってこなかった、と、知らぬ存ぜぬを貫いた。
最初は管理不届きとして、ロズアークを中心に殆どの上層部がコートルを追及した。しかし、エミューンといつも連れ立っていたオリトが事情聴取で証言したことで、それは大きく変わる。
オリトは、エミューンが以前からクレストを何らかの事情で脅していて、消える直前にアメリスタへ拉致すると言っていた、と話したのだ。
そんなはずは無いとロズアークは怒り狂ったが、彼が以前アメリスタへ謎の視察に言っていたことをコートルが思い出し、それをエミューンのアメリスタ行きと関係しているのではないか、と逆に追及した。
その時のロズアークの言い分は、アメリスタに何か不穏な動きがあるとの情報を手に入れたが、確たる証拠を掴めなかった為、公にしなかった、というものだった。しかしエミューンの側であったオリトの証言の方が信憑性が高いとされ、ロズアークの言い分を裏付ける証拠も無かったこともあり、この件は司令官とその甥による不可解な事件とされた。
その後もロズアークはアメリスタに調査依頼の書簡を送る等したが、回答が得られるはずもない。以前の視察で、ロズアークはアメリスタから警戒されていたのだ。しかし彼は最後までコートルの陰謀だと言い張り、関与を否認し続けた。
結局はオリトの証言にも物的証拠はなく、ロズアークはどうにか追放は免れたが、周りからの信用は無くなり、半年後、とうとう引退に追い込まれてしまった。
ロズアーク引退から3ヶ月後、事件は王宮内で過去のものとして薄れ始めていた。そしてそこからやっと、フォンスは上級兵士兼第3隊副隊長に昇格した。異論を唱える者はいなかった。
コートルはフォンスの昇格後すぐに、帰郷許可の申請を始めた。順調にいけば、後3ヶ月でスカルへ帰ることが出来るのだ。
かつての年下の同僚達から副隊長と呼ばれることをくすぐったく感じていた頃、ようやくフォンスはバリオスを訪ねた。
「お待ちしておりましたよ、ダントール副隊長殿」
「バリオス殿もですか? 皆急に態度が改まるものだから、こちらは戸惑います」
「肩書きが付くというのはそういうことです」
バリオスに研究室の中へ通されたフォンスは、そこで思いがけないない人物を見た。
「ラビート……」
「よお、今までよくも散々除け者にしてくれたな」
ラビートの声は静かだが、顔は少し怒っていた。
「私がお呼びしたのではありません。あなたが例の件で私を訪ねてくると、ワイス君がディクシャール殿に口を滑らせたのです」
バリオスがドアを閉めながら、非難げに説明した。
「それで、今まで2人きりで?」
「ええ、ノックされたので、ダントール殿かと思って開けると、大きな熊が立っているではありませんか。慌てて死んだふりをしたのに、彼はずかずかと入ってきてしまったのですよ。ここに蜂蜜はありませんと申し上げたところ、あの事件の真相を一緒に聞かせろとおっしゃられまして……」
「完全な熊扱いですね」
「2人で話すこともないので、蜂蜜茶をお入れしました。ダントール殿もいかがです?」
「蜂蜜、あるんじゃないですか……」
王宮の雰囲気はすっかり変わってしまったのに、バリオスはあの時のまま無邪気だ、とフォンスは思った。
バリオスの入れた、湯に蜂蜜を溶かしただけの甘ったるい蜂蜜茶を一口飲んで咽たフォンスは、今まで思い出さないようにしていた真相を語りだした。
「すまない、遅くなってしまって。俺も心の整理がなかなか付かなくて……それに全てを知っているわけじゃないんだが……」
フォンスは自分の見たまま聞いたままを2人に話した。
聞き終えた2人の反応は対照的だった。ラビートは腕を組み、眉間に皺を寄せて考え込んでいた。一方、バリオスはどこかすっきりした表情だ。
「良かったです。彼が私に愛想を尽かしたのではなくて」
バリオスがもっとショックを受けるだろうと思っていたフォンスは、拍子抜けした。
「バリオス殿は、そんな心配をしていたのですか?」
「はい。でもご家族に会いに行かれたのでしょう? 軍は帰郷許可に時間がかかりますからね。もしご家族が急病になった等であれば、脱走したくもなりますよ」
「否……」
バリオスの話を遮ったのはラビートだった。
「そんな単純な話では無いだろう……それなら脱走までに7日も待つか?」
「それは俺も思う。俺を守って、コートル隊長も守って……何だか、ここに思い残すことはないとでも言いたげな……」
フォンスとラビートが思案に耽っていると、バリオスはそっと窓辺に向かった。