君の心、雨夜の月(3)
「うぉらぁぁああ!」
ゴゥゥウウウン
「へっ、やっぱりお前のが一番衝撃が強いな」
ある日のフォンスが出くわした場面である。もう彼にとってだけでなく、いかんせん見た目も音も派手である為、王宮内にいる兵士や術師にとってもお馴染みの風景なのだが。
「ひぃいっ! ダ、ダントール君助けてぇ!」
上級術師のワイスはフォンスを見つけると、大慌てで飛び付いた。
「またか、ラビート。よく飽きないな」
自分の背中に隠れたワイスを後ろ手に庇い、フォンスは、近寄ってくるラビートを制した。
またラビートがワイスに防御壁を張らせ、それを素手で壊そうと殴り付けたのだ。まだ一度も成功したことはないが。
中のワイスには壁を破られない限り、痛みというものは無い。だが、大柄なディクシャールが本気でかかってくるため、対人恐怖症であるワイスにとっては、かなり恐ろしいはずだ。
触れた物を全て跳ね返す防御壁。その衝撃は、術師の魔力に比例する。本来、上級術師でも、使いこなすには相当な研究と練習が必要なのだが、ワイスは見習い術師になる以前から、自己流で防御壁を使うことが出来た。
昔からワイスは小柄で痩せ細っており、気も小さい。それが幸いしてか、自称人見知りの激しいバリオスと気が合い、良い師弟関係を結んでいた。
バリオスは昨年、先の筆頭術師が引退したのを機に、エンダストリア史上最年少でその座を譲り受けている。
そんな天才の下で着々と実力を付けていったワイスのことを、ラビートは大層気に入っていた。フォンスと言い、ワイスと言い、ラビートは見た目とは逆に実力や骨のある人物を好んで、強引に友人と位置付けているのだ。
「逃げんなよワイス。もう一回やろうぜ?」
「バ、バババリオス様は1日1回までと……」
「ああ? 何だそれ?」
フォンスの後ろで更に小さくなって言ったワイスに、ラビートは怪訝そうに眉をひそめた。
「ああ、それならこの前俺もバリオス殿から聞いた。遊びで魔力を消費するのは、1日1回までにしてほしいと」
フォンスはふと思い出した。ラビートが頻繁に腕試しと言ってはワイスに防御壁を張らせる為、バリオスから苦情が来ていたのだ。勿論、人見知りのバリオスが直接ラビートに言えるわけもなく、フォンスが伝言を頼まれていた。
「ちっ、つまらんな。じゃあ他の奴を捕まえるか」
「お前、一応副隊長だろう? 術師を追い回して遊びに術を使わせても良いと、部下が勘違いしたらどうするんだ?」
「ふん、こんな遊びが出来るのは俺くらいだ。部下は皆コートル隊長の洗礼を受けて、どれくらいの威力かは知っている。この間誘った奴なんか、"怪我をして訓練に支障を来すのでお断りします"とか言いやがったぜ」
「つまり、そんな馬鹿をやるのはお前だけだと……あ、待て!」
フォンスの忠告を最後まで聞かず、ラビートは行ってしまった。
「……すまんな。止められなくて」
振り返ったフォンスが言うと、ワイスは視線だけ別の方向へ向けていた。
「エミューンと、オリトか」
フォンスも離れた物陰からそっとこちらを窺っている2人を発見した。
「ダントール君、き、気付かないふりをして」
ワイスはそう言うと、口の中で何かの呪文を呟いた。唱え方がバリオスそっくりだ、とフォンスは思った。
「もういいよ。さあさあ、行こう」
基本的に親しい者以外から見られるのが苦手なワイスは、急かすようにフォンスの背中を押した。
「あの2人の時間間隔を鈍くしたんだ。今なら移動しても、追い付いて来れない」
歩きながらワイスは説明した。彼の言う通り、エミューンとオリトが付いてくる気配はない。
「面白い術だな」
「……君は僕みたいな術師だけじゃなく、筆頭術師のバリオス様まで話せるだろう? 最近彼らはその辺も探りを入れているみたいだよ。バリオス様がおっしゃってた」
「本当か? そっちにまで迷惑を……」
「そ、そういうつもりじゃないよ。ディクシャール君の目立つ遊びから逃げるのに、僕が君に泣きついてたから……ただ、気を付けてってことで……」
しばらく歩いて、完全にエミューン達から完全に離れた所で、フォンスとワイスは別れた。
オリトに関しては、正直同じ隊の同期という諠なのか、エミューンに付き合わされている、というのがフォンスの見解だ。入隊したての頃は、訓練以外特に毛嫌いもしなければ、親しく話すこともない、そんな程度だった。エミューンがいつしかフォンスの周りを嗅ぎ回るようになってからも、付いてくるだけで積極的に行動を起こすこともない。
ラビートやワイス等、迷惑をかけているが、あちら側にも巻き込まれている者がいるということだ。段々自分が我慢すれば良いという単純な問題では無くなってきている、とフォンスは感じ始めていた。
オリトは少年編の最終話に名前が出ました。