君の心、雨夜の月(2)
数日経ったある日、軍の宿舎裏で男女2人が話していた。その雰囲気はあまり良くない。
「どうして? この前は受け取ってくれたじゃない」
侍女の格好をした若い女が、納得いかないといった顔をした。
「いや、やっぱりこの造花は返す」
金髪の男、フォンスはそう言って、綺麗にまとめられた数本の造花を女の方へ出した。
「困るわ。ネスルズで女が男にシャナの造花を渡す意味、知らないなんて言わせないわよ。それを返すだなんて、酷いわ」
「それはすまない。だが君とは付き合えないよ」
「な……何ですって? そんなのあんまりよ!」
淡々と話すフォンスとは対照的に、侍女の口調は次第に刺々しくなっていった。
「何故怒るんだい? 普通、残念そうにするか、悲しそうにするか、どちらかだと思うが。俺だって誰でも良いわけじゃない」
「私じゃ不足だって言うの? 恥をかかせる気!?」
「スカル人なんかに振られるのは、恥かい?」
その瞬間、侍女はしまったという顔で口に手を当てた。
「さっきから君の態度は、どうも俺を見下しているように感じる。それなのに、一体俺のどこが好きだって言うんだ? いつまで経っても下級兵士であるこの俺の」
静かだが、確実にフォンスは問い詰めた。
さっきまでの勢いはどこへやら、侍女は目を泳がせ始める。
「それは……し、昇格しなくても、3隊の中では一番強いし……」
「おかしいな。誰が一番強いかなんて訓練の情報が、軍人でない侍女の耳に入るはずはないんだが。3隊は特に、ね。誰からそれを聞いて俺に近づいた?」
そうフォンスがたたみかけると、何も言えなくなった侍女は唇を噛み、瞳を潤ませた。
「泣かせるつもりは無かったんだが……まいったなぁ。別にこのことを公にするつもりも、侍女頭に訴える気も無い。とにかくこのシャナを引き取ってくれれば、何も無かったことにする。その代わり、俺の前にはもう現れないでくれ」
フォンスが再び造花を差し出すと、侍女はそれを引ったくるように奪い取り、走り去った。
侍女が完全に姿を消すと、近くの茂みがガサガサと音を立てた。
「はぁ……お前の登場の仕方は、本当に熊そっくりだな」
フォンスは短くため息をついて言った。
間もなく出てきたのは、第5隊の上級兵士にして副隊長の、ラビート・ディクシャールだった。
「女の涙に怯むたぁ、フォンスは甘いな。相手を怒らせるところまでは合格だが、その後本音を聞き出す前に解放したのは0点だ」
「別に彼女を追い詰めたかったわけじゃない。ただどうやって返したら良いかをお前に相談したんだ。クレストさんはそういう女性の扱い方はしないと思うが……」
「これはクレストのアニキの伝授じゃねぇ。5隊のマグワイル隊長だ。人を見極めるには、俺のカッとなる性格を逆手に取って、相手を怒らせろ、だとよ。どうやら女にも通用するみたいだな。参考になった」
「実験に俺を使うな」
フォンスは呆れて歩き出した。
慌てて追い付いたラビートは、フォンスの肩に腕をかけて、小さく言った。
「心配すんな。フォンスの実力は認められてきている。お前の扱いに関しては、既に他の隊からも疑問視する声がちらほら上がってるんだ。このままだと、孤立するのはエミューンの方さ。司令官の甥だからって、何をしても良いわけじゃない」
「……誰かを犠牲にしなければ、俺は昇格出来ないのか」
俯いたフォンスを、ラビートは鼻で笑い飛ばした。
「はんっ、これだけ行く道曲がる道、邪魔されまくって、まだ綺麗事が言えるか。世の中にはどうやっても分かり合えない人間はいるものさ」
「そう、だな。すまん、ラビート」
フォンスが謝ると、ラビートは照れ臭そうに鼻を掻いた。
フォンスの昇格を認めない司令官らの内、第3隊と第4隊を束ねる司令官ロズアークは、エミューンの母方の叔父だった。ロズアークは一般人から成り上がり、司令官まで上り詰めた強者で、スカル人嫌いでも有名だった。
クレストが調べた情報によると、ロズアークは自分の管轄下でスカル人が出世するのか嫌で堪らないらしい。帰郷許可の出せる上級兵士になるのでさえ認めたくない程だった。おまけにフォンスには貴族がバックに付いている。故にこれまで頑ななほど、フォンスの昇格を蹴ってきた。しかしフォンスが真面目で勤務態度も良く、なかなか逃げ出さない為、たまたま第3隊にいた甥のエミューンを使い、悪い噂を立てさせようと目論んだ、ということだ。
上級兵士になったところで、それ以上出世する気も、ロズアークに楯突く気もないフォンスには、理解し難いことだった。
嫌いなら放っておけばいいものを……
それがフォンスの本音だった。