金の狐と黒い熊(27)
翌日の隊振り分け発表は、朝一番から掲示板で行われた。それぞれの名前の横に、決定した隊の番号が記されている。
フォンスは自分の名前の隣に"3"と書かれているの見て、「よし!」と拳を握り締めた。ラビートも希望通りの5隊だ。
他には3隊となった者が2人いた。彼らは最初に第3隊の訓練場を使った後、クレストが「3隊に入りたくなった奴」と尋ねた時に手を上げていた。1人は昨日の訓練もとい、遊びで守る側を選び、クレストと共に最後まで腰紐を死守したオリト。もう1人は、奪う側でリーダー格だったエミューンだ。コートルは問題児であるクレストを上手く使い、常時人材不足の第3隊の人員を増やしたのだった。
フォンスは決して平坦ではなかった道を乗り越え、今日からやっと正式に第3隊になれたことに、感激も一入だった。同時に、これからより早く昇格し、帰郷許可をとる為に、一層の努力が求められるので、身の引き締まる思いだった。
一旦部屋に戻ったフォンスは、第3隊の宿舎へ移動するため、片付けを始めた。遅れて戻ってきたラビートも荷物をまとめる。
今日から相部屋では無くなるというのに、2人は改まって何を話したら良いのか分からず、ただ黙々と手を動かした。
部屋がすっかり片付き、荷物を持ってドアを出て、ようやく2人は向き合った。
「今生の別れでもないのに、何か複雑だな」
ラビートは照れ臭そうに頭を掻いた。
「お前はでかくて目立つから、隊が違ってもすぐ見つけられそうだ」
「フォンスは逆に見つけにくそうだ。今までつるんでた俺がいないと孤立するんじゃねぇかって思ったが、いつの間にか上級兵士を捕まえてやがる。ちゃっかりしてるぜ。」
おどけたように言うラビートだったが、その声色はどこか寂しげだった。そしてそこからは少し声をひそめた。
「フォンス、これは他の奴が話してるのを少し聞いただけなんだが、あのクレストって男、普段はヘラヘラ女のケツを追いかけ回しているが、相当な切れ者だ。コートル隊長が次期隊長として副隊長に任命しようとしたのを、柄じゃないと言って2回断ったらしい。実力はそれクラスって話だ」
「そうなのか。コートル隊長には散々な言われようだったが……やっぱり成り上がるには実力を付けるのが早いってことか……」
フォンスは少し考えるように顎に指を当てた。
「何だ? 野心とは無縁みてぇな面して、成り上がりたいのか?」
目の前の課題に懸命に取り組む裏で、どこか冷めた部分があるとフォンスを評価していたラビートは、噂話に真剣な顔をする彼を、少し意外に思った。
「勿論成り上がりたいさ。成り上がって、帰るんだ。スカルに」
「帰る?」
「ああ、そうだ。今アメリスタを通るには戸籍がいるだろ? スカル人は戸籍の存在さえ知らないから、俺は帰れなくなったんだ。だから軍に入って就労から戸籍を取った。難しいことはコートル隊長とトリード大臣が何とかしてくれたから、後は監査員が事実確認に来るのを待つ間に昇格して、帰郷許可を取るだけなんだ」
「帰っても……戻って来るよな?」
張り切って意気込みを語ったフォンスとは対照的に、ラビートは小さく呟いた。
フォンスはそこで改めて気付いた。帰郷許可は、単なる一時的な帰宅だ。戻って来ることが前提なのだ。とは言え、戻らなかったとしても、フォンス1人を連れ戻す為に、エンダストリア軍がスカルとの確執を更に深めるような行動を取るとは考えにくい。戻るか戻らないかは、実質フォンスが決められると言って良い。しかし、戻らなかった場合、もう二度とネスルズに来ることなど出来ないだろう。
「俺、元は薬を買いに来ただけなんだ。戻る意味なんて……」
"無い"とフォンスは言いかけて、それを飲み込んだ。
戻らないということは、見ず知らずの他人であるフォンスの為に手を尽くしてくれたコートルやトリードを裏切ることになる。彼らはきっと、不祥事の責任を取らされる。その上、既に大切な友人となってしまっていたラビートとも、会えなくなってしまうのだ。
「いや、戻るさ、きっと。お前がここで、俺の戻る意味になり続けていてくれたら」
フォンスは少し笑ってそう言い、右手を差し出した。
ラビートも「責任重大だな」と笑って、その手をしっかり握り返した。
フォンスがラビートと別れ、第3隊の宿舎へ向かった頃には、もう昼を過ぎていた。
今日は隊の振り分けと同時に、今月の入隊試験も行われている。順調に進んでいれば、そろそろ合格発表の時間だ。
その時、ゴウゥゥゥンという既視感のある音と共に、複数の叫び声が響いた。
試験を行った訓練場の方だ!
そう確信したフォンスは駆け出した。
着いたそこには、何人もの少年達が転がっていた。皆怪我は大してないようだが、一様に唖然としている。
訓練場の真ん中には、見たことのある大きな緑色の壁が立っていた。
「あれは……まさかワイスみたいな奴が、今月もいたってことか?」
フォンスが訓練場を見回すと、隊長格以外にもう2人、見知った顔がいた。クレストと、上級術師のバリオスである。
フォンス彼らに駆け寄った。
「クレストさん!」
「おう、何だダントール」
「これは一体どうなったんですか?」
フォンスが尋ねると、クレストは困ったようにため息をついた。
「コートル隊長さ。お前らの試験の時、防御壁を張った坊主がいただろ? あれが相当隊長の悪戯心に火を点けたらしい。合格祝いの洗礼として、上級術師で防御壁使える奴にああやって張らせておいて、何も知らない哀れな合格者が吹っ飛ばされたってわけだ。たまたま上級術師に知り合いがいる部下が俺しかいなかったから、今回はバリオスに頼んだんだ。以降、毎月やるらしいぞ」
「コートル隊長って、そんな性格だったんですか?」
コートルの意外と子供っぽい部分に、フォンス驚きを隠せなかった。
「今更気付いたか。止めなかった他の隊長達もアレだがな」
フォンスには、この時ばかりはクレストの方がまともなことを言っていると思えた。
「あ、そうだ思い出した! あの、ワイスはどうなったんですか?」
試験の時、ワイスを連れていったのはバリオスだったと思い出したフォンスは、先程から空気のように静かな彼に聞いた。
「……」
「あの……? ワイスはちゃんと術師の試験を受けられたんでしょうか?」
「……」
バリオスは何も喋らない。しかさ無視をしているわけではなく、フォンスを見て瞬きをし、次にクレストを見て瞬きをした。
「あーもう、どこまで人見知りなんだよ! 面倒くせぇ」
「ええっ? 今人見知りしてるんですか?」
フォンスがバリオスを凝視すると、彼は目を逸らし、クレストの陰に隠れた。
「はあ、仕方ねぇな……ったく。あの坊主はバリオスの推薦で、見習い術師になったんだと」
「さっきの瞬きをどう読んだんですか……」
「5年もなつかれてりゃ、これくらい分かるさ」
クレストは迷惑がるというよりは、諦めた様子だった。
「じゃあ、今日からもう1人増えますね」
「本当だぜ。バリオスは術師だからまだ時々関わるくらいで済んだが、お前は同じ隊だからな。お前の方が面倒くせぇわ。おら、フォンスにバリオス、もう隊長の悪戯も終わったし、行くぞ」
クレストの後を、フォンスはバリオスの隣に並んで付いていった。
途中バリオスからの視線を感じたフォンスが、ニンマリと笑うと、バリオスもぎこちなく、だが僅かに微笑んだ。
ここで金の狐と黒い熊は、少年編として一旦区切ります。
でもまだ過去編は続きます。
これだけフォンスに影響を与えたクレストが、20年後の本編には全く出てきませんよね。その辺も含め、次から題名も変え、時系列が一気に飛んで、青年編が始まります。