人とは矛盾するもの(4)
「いらっしゃいっ!」
威勢の良い女性の声が響いたのは、こじんまりして古いが手入れの行き届いた食堂だった。繁盛しているのか、まだ早い夕方なのに席はほぼ満席だ。
「ただいま」
「あら何よ、トニーじゃない」
歩きながらどこで食べるかという話になり、私はどんな店があるのか全く分からないからトニー任せると言うと、彼のお姉さんが切り盛りしている食堂があるらしく、少し遠いがそこへ行くことになったのだ。
「あなた3年も顔見せなかったくせに。帰郷許可でも下りたの?」
「何だよ姉さん、その言い方。帰郷じゃねえよ、司令官のお客さんを案内してるんだ」
姉さん、と言われた女性は、トニーをそのまま女顔にしたような人だった。歳は多分私よりはちょっと年下という感じだ。
トニーの言葉を受けて、彼女の視線が後ろにいる私に注がれた。
「こ、こんにちは」
一応挨拶してみる。
「あ、ああ、いらっしゃっいませ…司令官ってダントールさんのこと?」
お姉さんは私を見てちょっとびっくりした様子で言った。
「ええ、そうです。フォンスさんの家でお世話になります」
「家?」
「前に司令官が住んでた家があるだろ?しばらくあそこを借りるんだってさ」
トニーが説明を付け加えた。本当に結婚のことは全く知らされていないようだ。
「そう…ダントールさんは元気にしてる?」
「はぁ、まあ元気だと思います」
「そうなんだ。じゃああなたは彼の…」
「お客さんだよ、姉さん。腹減ってんだ。お客さんを待たせちゃ駄目だ」
トニーが不自然にお姉さんの話を遮った。
「あ、ごめんなさい。さあどうぞ、こっちに掛けてちょうだい」
「行こう、サヤ」
姉弟に促されて、空いてる席についた。
料理の味付けはやっぱり塩と香辛料が主だったけど、彩りの良い野菜がたくさん使われていて、今までで一番美味しいと思った。
私のようなモンゴロイドの顔が珍しいのか、他の客達はチラチラこちらを伺っている。
「ね、私みたいな顔はやっぱり珍しいから見られちゃうのかな」
「あー…、気を悪くしたならごめん。ネスルズの郊外付近に行けば、サヤみたいな人がちらほら商売やってるけど、この辺はあまりいないから……」
「そっか。今後食糧とか買いに行くなら郊外の方が良いのかな。あんまり目立つの好きじゃないし」
それにスカルの人も容姿が違うことで昔嫌な目に合ったみたいだしね。揉め事やいざこざは避けれるならその方がいい。
帰り道、トニーがお姉さんの話を遮ったことが少し気になり、それとなく聞いてみることにした。
「ねえ、トニーのお姉さんはフォンスさんと知り合いなの?さっき元気か気にしてるようだったけど」
「知り合いっていうか…司令官は姉さんのこと覚えてるかわかんないよ。姉さんが一方的に憧れてるだけだし」
「へえ、姉弟そろってフォンスさんに憧れてるんだ?」
良かった。これで昔の恋人説が消えた。ただでさえ偽装結婚でややこしいのに、これ以上人間関係がこんがらがるのは勘弁してほしい。
「そうさ。僕が軍に入る前のガキだった頃、姉さんと買い物に出掛けて…柄の悪い奴らに絡まれたんだ。金出せーって。そこに当時隊長だった司令官がたまたま非番で通り掛かってさ、追っ払ってくれたんだ」
「そうなんだ。何だかかっこいいね」
ベタな話である。悪者に絡まれたヒロインが、颯爽と現れたヒーローに助けてもらう話。私は一度も経験ないけど。
「すげえかっこよかった。僕はそれで軍に入ろうと思ったんだ。そんで姉さんは完全に惚れちゃってさ。でも相手は10歳も年上だし、その時は司令官に恋人って噂されてた人がいたからね。諦めるしかなかったらしい」
「でも今も憧れてるんでしょ?隊長時代からだったら結構長いよね」
「6年くらいになるかな。一時期は本当に諦めたみたいだけど、司令官は結局噂の人と結婚しなかったし、今も独身だろ?だから気持ちが再燃したんだってさ」
ごめんなさい。お姉さんごめんなさい。私はあなたがずっと憧れてる人と結婚生活シミュレーションを始めました。偽装で戸籍も使わせてもらってます。本当にごめんなさい。
私の心中なんぞ知らないトニーは更に続けた。
「再燃してからは、司令官の周りに女の影がないか、どうにかして探ろうとするんだ。僕も軍に入ってから、探って手紙で報せろって言われたよ」
「せ、積極的なんだね」
「今まで抑えてた分って感じかな。さっきもサヤのこと、変に勘繰ろうとしてたから途中で遮ったんだ。飯食う前に色々探られたらマズくなるだろ?」
「そ、そうだね、ありがとう」
女の勘は恐ろしいのだよ、トニー。実際に恋仲じゃなくても、ややこしい事情が二人の間にあれば、何となく気付いたりもする。
結婚のことは、トニーにもお姉さんにも絶対バレないようにしなくちゃいけない。そう固く決意した。