金の狐と黒い熊(26)
両者の人数は、確実に減っていった。時間があとわずかに迫る頃には、守る側はクレストを含め4人が残り、お宝に見立てた石の周りを警戒している。
一方、奪う側は敵を寄せ付けないラビート、素早くて神出鬼没のフォンス、ずっと隠れていたドルビー、他には作戦を積極的に立てていたリーダー格の2人、計5人が残った。
フォンス達は、守る側が見張る最低限の人数で、下手に遠くまで動き回れないと判断し、一端5人で集まって話し合った。
「どうする? 普通に考えりゃあ4人がそれぞれ1人ずつ担当で囮になって、その隙に一番突破力のあるディクシャールが石を奪うって感じなんだかなぁ……」
「囮の4人全員が敵を押さえられなきゃ、意味ねぇよな」
リーダー格の少年2人はドルビーを見た。
「お前、今まで全く動けてないよな。危うくいたのを忘れるところだったぜ。もう名前が何だったかも分かんねぇし……」
「向こうにしてみりゃ、コイツが俺らの弱点だ。クレストさんなら迷わずコイツを無視して石の守りに専念する。いくらディクシャールでもあの人と1対1はやばいよな」
少年達はため息をついた。
今まで散々持ち上げられて、独りで頑張っていたラビートは、僅かに不満げな表情をしたが、言い返しはしなかった。ルール上、敵を倒す条件は腰紐を奪うだけだ。力押しで負かすものではない。第3隊の上級兵士であるクレストが、力業をかいくぐって阻止するのが得意なことくらい、ラビートにも分かっていた。
「ということは、だ。こっちも実質4人のつもりで……」
「いや、ドルビーは使えるかもしれない」
悩める少年達に口を挟んだのはフォンスだった。
「何だよスカル人。コイツが鈍臭くて使えないの、組んでたお前が一番分かってんだろ?」
「ドルビーのことを味方のお前らも忘れてたんだ。使えるさ」
フォンスは不安げに黙っているだけのドルビーの肩を叩いた。
「言っただろ? 粘っていれば、いつか見せ場が来るって」
訓練場は静まり返っていた。時折風で乾いた砂が舞い上がる。
守る側の少年3人は、クレストに言われた通り、何があっても等間隔で石を囲んだまま動かなかった。
少しの物音にも緊張が走る。そんな空気を先に動かしたのはフォンス達だった。
施設の陰から一斉に飛び出し、敵の目の前で4手に分かれた。敵の少年3人はラビートとリーダー格の少年2人が、クレストにはフォンスが突撃する。
「やっぱり俺にはお前が来たか、ダントール」
クレストは待ってましたとばかりに、余裕の表情でフォンスをかわし、腰紐を掴んだ。
「くっ!」
フォンスも取られまいと自分の腰紐の結び目を握り、引っ張る。
そこへ、いち早く担当していた敵の腰紐を奪ったラビートがやって来た。
「うらぁあっ!」
「おぉっと」
クレストはあっさりフォンスの腰紐を離し、ラビートの手をはね除けた。
まだだ、もう少し……
フォンスは焦る気持ちを抑え、クレストに飛び掛かった。またもやかわされるも、間入れずラビートが両腕を広げて捕まえにかかる。そこへリーダー格の少年の1人が、敵の腰紐を奪い終え、加勢の為に走ってきた。
今だ!
フォンスはそう確信し、力一杯叫んだ。
「行け!!」
それを合図に、物陰からドルビーが飛び出した。
「何!? まだ1人いたのか!」
焦りを見せたクレストが、ドルビーに向かって方向を転換させた。そうはさせまいと、加勢の少年が立ちはだかる。後ろからはフォンスとラビートが追いかけ、前後からクレストを挟むように掴みかかった。
まだ残っている敵は、もう1人のリーダー格だった少年と揉み合っている。その脇をドルビーは息を止め、お宝まで一直線、力の限り走った。
ラビートと少年を避けたクレストは、僅かにバランスを崩した。フォンスがすかさずその腰にしがみつく。
「走れっ! ドルビー!!」
フォンスの声が届いたのか、ドルビーは顔を真っ赤にしながら更にスピードを上げた。
そして、頭から滑り込むように突進したドルビーは、石をしっかり抱えて勢い良くころがった。
「勝っ……た?」
フォンスが小さく呟くと、他も口々に「勝った……」「勝った!」と言い出し、ついには牢に捕まっていた者も飛び出してドルビーの所に集まり、奪う側の大喝采となった。
ドルビーは自分の起こした奇跡にしばらく呆然としていたが、皆に肩を叩かれ、頭を混ぜられ、次第に嬉しそうな笑顔になっていった。
騒ぎは執務室まで響き、コートルが何事かと駆けつけた。
「これは……どういうことだ? クレスト」
「本気で遊ぶと、仲間意識と協調性が芽生えるか、という実験です。結果は見ての通り、成功のようですね」
座り込んでいたクレストは、年寄りのようにゆっくりと立ち上がり、首を回した。
「ふむ……要は遊んでいてつい本気になったが、新人にしてやられた、ということか」
「隊長、最近冷たくないですか?」
決まり悪そうに頭を掻いたクレストは、自棄になって「奪う側は全員3隊に入れる!」と叫び、少年達から大顰蹙を買ったのだった。