金の狐と黒い熊(24)
フォンスは一気に木を駆け上がった。そう、地面を蹴った勢いをそのままに、迷うことなく次々と足を掛けていく姿は、登ると言うより駆け上がるに近い。
あっという間にてっぺんまで辿り着いたフォンスは、登った時と同じように枝に足を掛けて、スルスルと地上まで降りた。
「登りました」
「思ったより早かったな。やっぱりこのくらいは余裕か。じゃあ次は……お、そこのでかい坊主」
クレストが2番手に選んだのはラビートだった。誰がどう見ても木登りとは無縁に思える人物の指名には、周りも本人も驚いた。
「マジかよ……どうやって登るんだ?」
冷や汗をかいたラビートがフォンスに尋ねた。
「クレストさんは自分で考えろって言ったのに……仕方ないなぁ。先にどの順番でどの枝を使うか決めておくんだ。そこから一気に登ればいい」
「……言うのは簡単だがなぁ……」
「ラビートの重量で躊躇しながらやったら、確実に枝は折れる。本物の熊も木登りくらいするぞ。跳んで動ける熊になるんだろ? 登れなきゃぁ熊以下だ」
「なるほどな、分かった」
フォンスの助言を受けたラビートは、少し離れた場所から枝を睨み、そこから木に向かって走った。
「ぬぉぉおおお!!」
雄叫びを上げてラビートが地面を蹴る。しがみついた衝撃で、木が前後にゆっさゆっさと揺れた。フォンスに言われた通り、物凄い勢いで登っているが、途中で幹が折れそうなくらい曲がり、ミシミシと音を立てた。
これにはさすがのクレストも顔を引きつらせて焦った。
「あー、もういいぞ。折れたらここ使ったのがバレちまう」
「あ゛あ゛!? 後少しでてっぺんなんだぞ!」
勢いを止められたラビートは振り返り、下にいるクレストに怒鳴った。
「しっ! 声がでかい! 隊長の執務室まで聞こえるだろ。いいから降りてこい」
ラビートは不服に口を歪めたが、止まったことで登る勢いが無くなり、これ以上上へ行くのは困難だと判断し、渋々降りた。
「お前の登り方にはセンスがないな」
「うるっせぇ! 木登りにセンスを求めるな。次から俺はもう登らねぇ」
「拗ねんなよ。後で女の口説き方でも教えてやっから」
クレストはラビートの怒りを無視し、何食わぬ顔で他の少年達にも登るよう指示した。
5本生えている木を全て使って5人ずつ、1人3往復だ。皆良い見本と悪い見本を見ているので、ほとんどが要領良く登れた。勿論、木が折れそうになるラビートは免除である。
終った者から順に、垂らされたロープで壁を登り降りをしたり、様々な大きさをした台の障害物があるコースを走ったり、第3隊の訓練場にある施設を、試用程度に回った。
施設を全て回り切る直前、コートルに見つかってしまった。通りがかった第3隊の誰かが執務室に知らせたのだ。
珍しく眉をひそめるコートルの言い分は、それなりの訓練を受けていない者が第3隊の施設を使うと、事故の基となるというものだ。
「隊長の言っていることも分かりますが、何事も経験ですよ。15歳にもなって、ある程度の危機管理能力もないような愚図は、そもそも合格しません。それに……」
クレストはコートルに悪びれもなく意見し、居心地悪そうに集まっている少年達に向かった。
「ここを使ってみて、案外楽しかった奴」
クレストが問うと、戸惑いながらもちらほら半数程の手が上がった。
「3隊に入りたくなった奴」
フォンスは当然のごとく最初に手を上げた。それに遅れて、2人の少年も遠慮がちに小さく挙手するのを見たクレストは、コートルに向き直って肩をすくめた。
「人気のないうちの隊への勧誘成功です」
「……おお、今思いついた言い訳にしては、なかなかの結果ではあるな」
「隊長……鋭く突かないでください」
口ではそう言えど、コートルもこの結果には驚くと共に感心していた。確かに潰れる者の多い隊ではある。入隊者数0のこともしばしばだ。が、体力と筋力をただ鍛え、剣の腕を磨くだけより、特殊な訓練を好む者もいるのだ。クレストは今回、厳しいという噂だけで敬遠していた少年を、実際に少しだけ体験させることで、2人も引き出したということになる。
「ふむ、不許可使用については、今回は不問にする。短時間なら許可したということにしておこう」
コートルが苦笑しながら言うと、クレストはホッとしたように、口角をわずかに緩めた。
もうすぐ第3隊の下級兵士達が訓練場を使いに来る為、クレストは少年達を引き連れて、元の訓練場まで戻った。
新人の担当を面倒臭いと言い切ったクレストが、他に変わった訓練を思い付くわけもなく、その日の残りは、それまでと同じ走り込みと筋力訓練だったが、不思議と調子の上がる者が多かった。
問題行動があったとはいえ、少年達の良い息抜きになったのもまた事実だった。
話の内容とは関係ありませんが、「熊 木登り」で画像をググってみてください。
木登り熊、まじで可愛いです☆