金の狐と黒い熊(22)
謹慎の解けた2人は、訓練場に行くと当然他の少年達からは奇っ怪な目で見られた。騒動はさることながら、謹慎中も部屋を抜け出し、宿舎の裏で手合わせを始めるわ、部屋の中で体術の稽古をするわで、何かと問題を起こしていたのだ。
「ラビートが抜け出してもバレないなんて言うから悪いんだ。すぐに見つかって大目玉食らったじゃないか。お陰で皆俺達のこと遠巻きにしてるだろ」
「何言ってんだ。フォンスが部屋の中で体術かけて暴れるから、マグワイル隊長が飛んで来て騒ぎになったんだ。そっちの方が1番野次馬が多かったぜ」
「あれはお前が"暗殺ごっこしようぜ"とか言って、昼寝中にいきなり襲って来るからだ。野生相手に培った狩人の能力ナメんなよ、熊野郎」
「おうおう、食い千切ってやろうか狐っ子」
フォンスとラビートが言い合っている内に、走り込みが始まった。監督役は第5隊の上級兵士だ。
「今日は30周だ!」
ラビートより屈強で大柄な男が怒鳴った。途端に周りがざわつき出す。どうやら昨日までより10周ほど多いようだ。そして少年達の視線がラビートへ集中する。
「な、何だ? 何で皆俺を睨むんだ?」
たじろぐラビートにフォンスは冷めた視線を寄越した。
「5隊を希望してるのはラビートだけだろ? しかも早々に問題を起こしてるしな。謹慎明けのお前をシメる為に、皆揃ってとばっちりってとこだな」
その見解を聞いたラビートは、申し訳なさそうにするどころか、逆にニヤリと不敵に笑った。
「上等だ。ほら、ボヤボヤしてても周数は変わらねぇんだから、とっとと始めるぞ」
ラビートがそう言って腱を伸ばしだすと、フォンスや他の少年達も諦めて準備を始めた。
程なくして準備が終わり、皆が所定の位置に付く。
「今日は一等になった奴に褒美をやる。では、ようい……始め!」
上級兵士の言葉にラビートの目が光った。
「なあ、褒美って何だろうな?」
黙々と走っているフォンスに追い付いたラビートが話しかけた。
「おい、喋りかけるなよ。不真面目に見られるだろ。褒美なんてきっとろくなもんじゃないんだから、期待するな」
「そうか? 俺は貰いに行くぜ。じゃあな!」
ラビートはそこからスピードを上げた。そして先頭集団の後ろを目立たぬよう走っていたフォンスの位置から、一気にトップへ躍り出る。
「あいつ、何張り切ってんだか」
フォンスは呆れて呟き、自分の配分で周を消化することに専念した。
走り込みも中盤に差し掛かった頃、フォンスは訓練場の隅にマグワイルの姿を見つけた。
よく殴られている割りに、過保護なくらい心配されてるじゃないか、なんて言い方をしたらあいつは怒るかな。
フォンスはふとそう思い、だが漏れそうになる笑いを、そっと胸にしまい込んだ。
ラビートは他がまだ3~4周を残しているところを、断トツの1位で走り終えた。誇らしげに胸を張り近づく彼に、すかさず上級兵士が叫んだ。
「よくやったな! 褒美にもう5周くれてやろう!」
「ああ!? 何だよそれ!」
「先輩に対する口の利き方がなっとらん! あと10周走れ!」
「……クソッ」
ラビートの声も大きいが、上級兵士の声も第5隊だけあって、マグワイル同様かなりのものだ。褒美の内容は訓練場に響き渡り、走り終えていない他の少年全員にも聞こえた。
「ぶはっ!」
フォンスは可笑しくて、とうとう吹き出してしまった。周りからもクスクス笑い声がする。皆、褒美がこんなものだと予想していたのだ。
近くを走っていた少年の1人が、フォンスの隣に寄ってきた。
「おい、あいつは馬鹿か? 馬鹿なのか?」
見ると3日前の騒動で隊長らを呼びに行った少年で、彼は本気で呆れた顔をしていた。
「いや何というか……後先を考えるのが面倒臭いというか……」
「それを端的に言うと、馬鹿ってんだ。ったく、頭の中まで筋肉で出来てそうだぜ……」
フォンスは、はっきりと言い捨てた少年に何も言い返せなかった。
だってさ、俺もたまにあいつは馬鹿なんじゃないかって思うんだ、と謹慎中に暗殺ごっこを仕掛けられた時のことをフォンスが思い出した時、ラビートが突然猛スピードで駆け出した。
「うぉぉぉおおおおっ!」
自棄になっているとしか思えないような声で吠えたラビートは、呆気に取られるフォンス達を追い抜かし、あっという間に全速力で10周を走り抜いた。そのまま勢いを落とさず、上級兵士の所へ突っ込む!
「ぐあっ!」
ラビートの体当たりで、上級兵士が仰向けに倒れた。
「ご褒美ありがとうございます先輩!!」
ちっともありがたそうでない顔でラビートが足元の上級兵士に言い放った。
その時、隅で見ていたマグワイルが動いた。彼はラビートの横まで駆け寄ると、問答無用で黒い頭を掴み、締め上げたのだ。
「いてててっ! いってぇっつってんだろ!」
「ディクシャール! お前はその度胸と体力をもっと賢く使え!」
そんな2人を尻目に30周を走り終えたフォンスは、訓練がしばらく中断するだろうと、壁にもたれて休憩することにした。
そこへ再び少年が近づいてきた。
「おい、あいつはやっぱり……」
「ああ、馬鹿なんだ」
今度はフォンスもはっきり言った。
本編でトニーが餌食になったディクシャールの必殺技は、マグワイルが元祖だったというオチ。