金の狐と黒い熊(21)
コートルは下級兵士を尋問して得た内容が内容なだけに、秘密利に処理するつもりだった。しかし派手な騒動の噂は軍内に留まらず、たまたま通りかかって覗いた侍女から女官へ、そして退屈をもて余した貴族の耳まで入った。これが半日もかからず広まってしまったのだから堪らない。いくらフェミニストのコートルも、女の口の軽さには閉口するしかなかった。
バタンッ! とノックもせず、コートルの執務室を開けたのは、鼻息を荒くしたトリードだった。
「随分と非礼な訪問だな、トリード殿」
来るだろうと予想していたコートルは、うんざりしながら言った。
「今は非礼無礼を言うておる場合ではない! 私の可愛いダントールに何があった!? 下級兵士から嫌がらせを受けたと聞いたぞ!!」
「ダントールは貴殿のものではないし、可愛いなどと言うと、また手首を折られるぞ」
「誤魔化すでないわ!」
コートルはただどさくさ紛れに好き勝手な表現をするのを止めただけなのだが、トリードには自覚が無い分、余計に苛立たせてしまったようだ。
「……貴殿はいつから暇なお飾り貴族に成り下がった?」
「私は暇ではない! 暇なのは妻だ!」
「成る程、奥方から噂話が回って来たか。全く、王宮の機密管理もずさんなものだな」
悪目立ちしなければ良いが、とコートルは危惧した。幸い噂はスカルに比較的理解のある貴族層に広まったが、一般層に届くのも時間の問題だ。
「また話がそれておる! 事の詳細を聞いておるのだ!」
「詳細か。詳細はな、貴族の貴殿には聞くに耐えない、あーんなことや、こーんなことをされて、ダントールが泣き寝入りしそうになったのを、ディクシャールという子が仕返しに暴れたということだ」
「なななっなんと! あの可愛らしい天使にあーんなことや、こーんなことを!? 私はまだ髪さえ触らせてもらっとらんというのにっ!」
「……あーんなことやこーんなことと言っただけで、どこまで妄想したのやら……」
マシュマロのような拳を握り締め、小刻みに震えるトリードを見て、コートルは本気で彼の変態性を疑った。
やがて妄想の縁から我に返ったトリードは、慌ててドアに向かい、出際に振り返った。
「して、そのディクシャールという子は可愛いのか?」
「……人の好みはそれぞれだからな。だがマグワイル殿はある意味可愛いがるつもりのようだが」
「おお、マグワイル殿が可愛いと言っておったのか! 今度是非とも愛愛会を勧めてみよう! はっ、こうしてはおれん! 天使2人が二度と汚されぬよう、問題の下級兵士達に関しては、処分決定の際に私からよくよく圧力をかけておかねば!」
こうしてトリードは様々な誤解をしたまま、怒涛のように出て行った。
「それで、トリード殿が本当に圧力をかけた結果、3人は即刻追放となったわけだ」
「コートル殿……貴殿はわざと諸々の誤解を解かなんだな? しかも大臣が軍の処分に圧力など堂々と……職権濫用どころか越権行為だぞ」
話を聞いたマグワイルは、がっくりと肩を落とした。
「まあまあ、ダントールがトリード殿のような後ろ楯を得るのは必要なことだ。彼はスカルに帰るため、軍に入った。問題が起こることを予想して合格させたのは、将来を期待して、というよりは半分同情だな。昇格して一時帰郷の許可が降りた後、再び軍に戻ってくれるかどうか……」
「色々とややこしい事情があるようだな。何やら不法な根回しの臭いがするが、とりあえず聞かなかったことにする」
「ありがたい」
「今回のトリード殿の暴走が、軍の反感を買わねば良いのだが……」
マグワイルは不吉なことを言い残し、凝り固まった肩を回しながら帰っていった
残されたコートルは、溜め息をつくしかなかった。