金の狐と黒い熊(20)
フォンスとディクシャールは個別に事情聴取された。しかしフォンスは検査の時に何があったのか、一切話さず、ディクシャールはディクシャールで、勝手に暴れただけだとだけ言い、後は同じことを何度も訊くなとばかりに不貞腐れた。
下級兵士3人の回復を待って詰問すれば、いずれ事の次第は明らかになるのだが、問題児2人がこれでは、原因が彼らに無かろうと、何らかの処分を下さなくてはならない。
とりわけマグワイルは、ディクシャールに手を焼いていた。今までどんな大柄な少年も所詮は子供、罵倒1つで震え上がり、素直に従うようになった。だがディクシャールは良い意味でも悪い意味でも、度胸が据わりすぎている。カッとなると、自分の評価など気にせず爆発させるのだ。これでは口の聞き方と態度を教え込むまでに、どれだけの時間をかけなければならないのか見当も付かない。かと言って恐怖に従うのではなく、周りを引っ張っいける素質を期待してディクシャールを合格させただけに、下手に潰すわけにはいかない。
長年軍にいるマグワイルはこの時始めて、部下を説得するために頭を使ったのだった。
「2人揃って謹慎たぁ、間抜けだな」
先に部屋へ戻り、2段ベッドの上段に寝そべっていたフォンスに、遅れて入って来たディクシャールが話しかけた。
「はぁ……しっかり俺も処分食らっ……お、おい、その痣はどうしたんだよ!」
むっつり顔で振り向いたフォンスは驚いて乗り出した。
ディクシャールの右目の周りは、丸く青痣になっていた。騒動で彼は怪我をしていなかった。その後であれば、マグワイルが殴ったとしか考えられない。
「お前が気にすることじゃないさ。殴られたのは、俺の態度が悪いかららしい」
ディクシャールはちっとも懲りていないようしで頭を掻いた。
「それに関しては……本当に俺の気にすることじゃないな」
「はっきり言ってくれるぜ。さっきはメソメソ泣いてたくせによ」
「うるさい……」
フォンスは乗り出した体を戻し、寝転んでそっぽを向いた。続いてディクシャールもベッドの下段に横たわると、少し気まずい沈黙が降りた。
しばらくして、先に沈黙を破ったのはフォンスだった。
「……ありがとな」
「ああ?」
「いや……うん、ありがとな」
「……なあ」
「ん?」
「名前で呼んでいいか?」
「何だよそれ。前後の脈絡も糞もないな」
フォンスは思わず吹き出してしまった。ディクシャールなりの気遣いなのか、何も考えていないだけなか、どちらにしても、フォンスは2人でいる警戒も虚栄もいらないこの空間を、心地良いと感じ始めていた。
「名前、何て言ったっけ?」
「自分で言い出しといて、覚えてないのかよ。フォンスだ」
「そうだ、そんな名前だったな。俺は……」
「ラビートだろ?」
「ハハッ、フォンスは記憶力あるんだな」
謹慎は3日間。コートルとマグワイルが比較的早く意識の回復した下級兵士の1人を、表向き聴取という名の誘導尋問で事情を聞き出し、フォンスとディクシャールの処分を最大限軽くした結果である。そんな上官の苦労など露知らず、「ダチ同士が同じ部屋で謹慎なんて意味ねぇよな」とディクシャールが暢気に言ったのを、フォンスが「同感だ」と笑った。
コートルは王宮の門を出た。騒動の対応に追われ、外はすっかり日暮れだ。魔術の明かりが疲れ目にしみる、とコートルは眉をひそめた。
この街灯が開発されるまでは、頼りないランプを持ち、月明かりの下を心許なく歩くのが主流だった。暗い夜道は首都の治安を悪くし、夕暮れ以降の人通りはほとんどなかった。
「コートル殿も今帰りか?」
後ろからマグワイルに声をかけられたコートルは、振り向いて苦笑した。
「マグワイル殿も遅くなられたか。貴殿が疲れた顔をするとは珍しい」
マグワイルの目の下には隈が出来ていた。コートルより随分年上の彼は、とっくに司令官となっていてもおかしくなかった。しかし本人が"一生現役"と言っては昇格を蹴り続けているのだ。
「昔はこの時間になると、無数の星が見えたものだが。今では灯りが強すぎて見えぬ」
独り言のように呟いたマグワイルは空を見上げた。
「貴殿が夜空を語るなど、意外だな。余程疲れたか。星が見えぬ代わりに、治安は良くなった。儂ら軍が夜中に事件で呼び出されることなど、めっきり減っただろう?」
髭をなでながらコートルが言うと、マグワイルは小さく笑って頷いた。
「ディクシャールには儂の跡を、と期待しているのだがな、育て上げるのはなかなか難しそうだ」
「とうとう昇格する気になられたか」
「まだ先だがな。あの如何なる時も物怖じせん性格は、人を束ねる素質になりうる」
「部下に5隊を率いるに足る者がいなかったから、昇格せんかったと?」
「そこまで意識はしておらなんだが……そうだな。5隊は屈強の集まりだ。まとめるには力と度胸という、分かりやすい実力が飛び抜けておらねば、隊が崩壊しかねん。儂はそういう若者を待っていたのかもしれぬ。それに貴殿も、あのスカル人を気に入っているように思えるが?」
マグワイルに言われたコートルは、複雑な笑みを浮かべた。
「実力はあるし真面目だから、気に入ってはおる」
「含んだ言い方だな。儂のように育てるつもりではないのか? あの下級兵士3人は、異例の早さで追放の処分が決まった。そこまでの処分は通常、決定までに4、5日かかるはずだが、貴殿の根回しだろう?」
検査を担当していた下級兵士達は、完全な回復を待たずして、軍を追放されることになった。端的に見れば一般人に戻るだけなのだが、今後どのような場合も王宮に入ることができない。ネスルズには王宮に物資を仕入れる商売をする者が多く、出入りが出来ないと、軍を出た彼らの働き口が狭まってしまうことは、想像に難くない。軍内の不祥事としては、最も重い処分なのだ。
コートルはマグワイルの言葉に首を振った。
「あれはな……トリード殿なのだ」
「カルル・トリード殿か? 財務大臣の彼が何故出てくる?」
コートルは、フォンスを部屋に帰した後のもう一騒動について話し出した。