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用無し女の奮闘生活  作者: シロツメ
番外編(過去編)
151/174

金の狐と黒い熊(18)

 翌日行われたのは、身体検査だった。と言ってもごく簡易的なもので、背丈や重量を計って、1ヶ月後の隊振り分けの参考程度にするものだ。

 そう、簡易的であるはずだった。






 検査が終わって、出てきたフォンスは震えていた。

「おう、終わったか……ん、どうした?」

フォンスは誰とも話したくない、否むしろ会いたくない気分だったが、無情にもドアを開けると、先に検査を終えて部屋に戻ったはずのディクシャールに話しかけられてしまった。

「……待ってたのか?」

消え入りそうな声でフォンスが言うと、ディクシャールは首を横に振った。

「いや、一端戻ったんだが、あまりに遅いから気になって今来たところだ。これから少し時間が空くみてぇだから、剣の練習相手になってもらおうかと……」

「そうか……悪いけど今日は他を当たってくれ……」

下を向いたまま去ろうとするフォンスの異変に感づいたディクシャールが、大きな体に似合わない程気遣わしげにしていたが、今フォンスは顔を上げるのさえ苦痛だった。

「何か変だぞお前。なあ、一体どうし……」

ディクシャールがフォンスの肩を掴んだ時、その小刻みな震えに気付いた。

「な、何だ? 震えてんのか? 中で怖いことでも……」

「怖い、こと、だと?」

フォンスが噛み締めるように呟きながらおもむろに睨み上げると、ディクシャールはたじろいだ。そしてようやく解ったのだ。フォンスの震えは恐怖に怯えたものではなく、真っ赤になって噴火しそうな怒りを押さえつけていることによるものだと。

「ち、違うよな、そうだよな……わりぃ」

戸惑った様子のディクシャールに、フォンスはハッと我に返った。

「あ、いや、こっちこそ悪い……」

それ以上ディクシャールの顔を見れなくて、フォンスは全速力で走り去った。







 フォンスは走った。走って走って、息が切れるまで走り続けて、やがて王宮の裏庭の一番端に辿り着いた。

「はぁ……」

大きく溜め息をついて木陰に座り込むと、ディクシャールに対する罪悪感がむくむくと増幅してきた。

 あれは完全に八つ当たりだった。ディクシャールは何もしていない。したのは身体検査を行った下級兵士達だ。だが彼らと似た黒髪に少し浅黒い肌をしたディクシャールを見ると、ついさっきされた理不尽で屈辱的な行為を思い出し、感情を抑えることが出来なかったのだ。

 「駄目だな……見た目で差別されたくない俺が、見た目でディクシャールに当たっちまった……あいつは心配して来ただけなのに……!」

フォンスは木漏れ日がちらつく天を仰ぎ、左手で顔を覆った。

 情けなくて、情けなくて、手の中で泣きたかった。だが鼻が熱くなるだけで涙が出てこない。それが余計に惨めで、フォンスは空いた右手で地面を殴った。

 "何だ? 女が混じってんのか?"

「……うるさい」

"こんな生っ白くて弱そうな男がいるのかよ。詳しく検査してやろうぜ"

「うるさい」

"おい、やましいことが無いなら抵抗すんなよ。スカルから送り込まれた諜報員だって上に報告されたいか?"

「うるさいうるさい……」

"面倒だから服引っぺ返しちまえよ"

「うるさいうるさいうるさい……」

"ヒャハハ、確かに男だが、全部白いんだな。本当に人間かよ。始めて見たぜ"

「うるさいうるさいっ、うるさいっ!!」

 ダンッ! ともう一度地面を殴ったフォンスは、行き場のない怒りと恥ずかしさをどうすることも出来ずに、頭を掻きむしった。

 身体検査をした部屋は、そう広くはなかった。着いた順に一人ずつ入り、検査を受ける。フォンスは遠慮していたら最後になってしまった。

 測定という、退屈で同じ作業に飽き飽きしていた下級兵士3人は、フォンスを見ると少し驚いた表情をしたが、すぐに新しい玩具を見つけた子供のそれに取って替わり、凌辱と言えるに足る行為に及んだ。

 フォンスの耳に、3人の下卑た笑い声が張り付いたまま取れない。服を剥ぎ取られた後は、検査検査と言いながら髪を掴まれ、背中から蹴り飛ばされた。その先は……思い出したくもないと、フォンスは思考を止めた。

 自分が日頃の鬱憤晴らしに使われていると分かりながらも、権限も立場も無いに等しい新入隊員の身では、ただ歯を食い縛り、感情を殺して嵐が過ぎるのを待つしかなかった。それがディクシャールに会った途端、思わず溢れ出てしまったのだ。だがあのような屈辱の内容を女々しく泣き付いて話すなど、スカルの狩人として、また男としてのプライドが許さなかった。無論、コートルにも言えない。

 「後であいつに聞かれても、うまくごまかさなきゃ……」

いつまでも座り込んでいるわけにもいかず、フォンスは力無く立ち上がった。その拍子に、服を剥ぎ取られた時に糸が千切れたのであろう、取れかけの胸ボタンに気付いたが、どうでも良いと、そのままにしてとぼとぼと歩き出した。

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