金の狐と黒い熊(17)
聞かれたかもしれない、とフォンスが若干焦って見上げたクレストの表情は、意外と怒ったものではなく、どちらかというと呆れているようだった。
「馬鹿だなお前。見た目で俺を選んだんだろうが、生憎と俺は仲間とつるむのが苦手でな。へばり付いて回ってたら、余計に同期や隊内から孤立しちまうぞ」
クレストは苦笑しながら言った。
「見た目だけではありません。試験会場で気配を消して来た時、俺はそれに全く気づかなかった。実際戦ってみて、予想を遥かに超えて強かった。あなたに追い付けば、例え孤立してもそんなの関係ないくらい強くなれると思ったんです」
フォンスの必死な言い分を聞いたクレストは、照れ臭さを隠そうと口許左手で覆った。
「随分と誉め讃えるなぁ。持ち上げられて悪い気はしないが……その弟子入り思考がスカルの狩人らしいな」
「師範!」
「師範と呼ぶな! 同期に聞かれたら、からかいのネタにされる。ったく……お前は素直なのか馬鹿なのか、ボケてんのかズル賢いのか……」
クレストは少しの間考えていたが、やがて自分の頭をくしゃりと混ぜ、鼻で小さく溜め息をついた。
「……まあ良いさ。好きにしな。どの道隊長はお前を3隊に入れて、俺に面倒を見させるつもりみたいだしな」
それからクレストは自室を出てドアを閉め、歩き出した。"ついて来い"と視線で合図しつつ振り返った彼の顔は、頭を混ぜたことによって後ろに流していた髪が下り、どことなく邪気ない幼さがあった。フォンスはそこに、人を食ったような態度でフラフラしているクレストの心の深層を見た気がした。
クレストはフォンスを新入隊員用の部屋へ案内すると、「またな、ダントール」と言い残して引き返して行った。
部屋の割当ては、試験を受けた順番に相部屋となる。1ヶ月後、隊の振り分けが行われると、各隊の宿舎へ移動する。一端空になった新入隊員の宿舎には、翌月の合格者達が入るという仕組みだ。
フォンスが部屋に入った時既に少年が1人、2段ベッドの下段に寝そべっていた。黒熊の少年、ディクシャールである。彼とフォンスの間に試験を受けた少年は、不合格だったのだ。
惜しかった、とフォンスは思った。前の少年が合格していれば、ディクシャールとその少年が相部屋で、自分は誰とも相部屋にならずに済んだかもしれないからだ。しかもディクシャールには試験中、胸ぐらを掴まれたり逆に言い負かしたりと、あまり良い雰囲気でなかった。
そんなフォンスの思考を知ってか知らずか、ディクシャールはチラリと彼を目の端に留めると、 何も言わずに欠伸をした。ふてぶてしい態度が本当に黒熊そっくりである。だがフォンスは彼に対して、何故か憎めないような、不思議な気持ちを抱いていた。
態度も口も悪い、おまけに人に威圧感を与える体格をしている。それでも根は悪くはない。ディクシャールは実際、ワイスを庇って自ら殴られた。難点は喧嘩っ早いことか。
フォンスが黙々とディクシャールについて考えながら、新入隊員用として部屋に支給された荷物を紐解いていると、何度か見られている気配を感じた。フォンスが視線の方を見ると、ディクシャールは目を閉じる。不審に思いながらも荷物整理を再開すると、また視線を感じる。だがディクシャールはフォンスが見返すとすぐに寝たふりをした。
それを3度繰り返した時、フォンスは苛立ちを抑え切れずに口を開いた。
「何か用か?」
「……お前なあ、あの動きはどうやったら出来るんだ?」
「はあ?」
身構えた割に予想外の質問で返され、フォンスは間の抜けた声を上げた。
「あれだよ、試験の時に狐みてぇに跳び跳ねてたやつだ」
「き、狐って……そんなこと、チラチラ窺わずにさっさと聞けばいいだろ」
フォンスはほっとした反面、ある種の疲れを感じ、肩を落とした。
「んー? だってよ、お前さっきから野生並の警戒心剥き出してっから、どう話し掛けようかと……」
「その図体で人見知りとか……」
「おい、あの宮廷術師の兄ちゃんと一緒にすんなよ。気を使ってやったと言ってくれ。で、どうなんだ? どうやったら俺も飛び上がれる?」
ディクシャールが上体を起こし、ベッドから身を乗り出してきた為、フォンスは少し後退った。本当にこの大きな少年は、室内の狭い空間だと潰されるような錯覚を持つくらい威圧感があるのだ。
「どうって……バスターソードがいいとかごねる熊が、何で飛び上がる必要があるんだよ」
「お前は狐で俺は熊か。ハハッ、おもしれぇ。そりゃバスターソード振り回せるだけの奴なんていくらでもいるさ。あのマグワイル隊長みてぇにな。だから俺はあいつを超える為に、跳んで動ける熊になるんだ」
胸を張って言い切ったディクシャールに、フォンスは急に笑いが込み上げてきた。
「クククッ……そうだな、本物の熊も体格の割に素早い時があるしな」
「本当かよ!? じゃあ明日は俺の練習相手してくれよな! 狩られる気分でやれば、素早くなれるだろ?」
「アッハハハハ! 狐に狩られる熊って何なんだよ!」
フォンスは久しぶりに思いきり笑った。
跳んで動ける熊を目指した結果、本編「女は丁寧に~(1)」のように女二人を担いでも全力疾走できたんですね。