金の狐と黒い熊(16)
試験結果は当日中に出る。毎月行われている為、選考にそれほど時間をかけていられないからだ。最初に集まった会場へ移動し、合格者が口頭で発表される。呼ばれなかった者はそのまま帰宅。呼ばれた者はその日のうちに軍の宿舎へ入る。
合格者は受験者全体の約2/3ほど。不合格者の中には、待機時間に打ち合いを始めていた者もいたが、ディクシャールのように態度が悪くても、実力があれば受かっている場合もあった。勿論、フォンスはコートルが優先的に合格させていた。
宿舎に入る少年達は、家族への結果報告と荷物をまとめる為に、一端家へ帰ることができた。
「どうする? お前は館に取りに戻る物はあるか?」
コートルがフォンスに尋ねた。
「いえ、元より荷物はほとんどありません」
「そうか、なら先に宿舎へ行くと良い。夜までには皆戻って来る。正式な隊の振り分けはまだ先だからな、しばらくは適当に誰かと相部屋になる。こればかりはモルドランのような者と一緒にならんことを祈るしかないが………」
「心配は要りません。今朝門番に入城を渋られた時、モルドランが取り成してくれました。例え彼のような者と相部屋だったとしても、何とかやっていける気がします」
「ほぅ……モルドランが……意外だな。儂は立場上、しばらくは下級兵士に構うことはできん。何とか頑張ってくれ」
「はい。目標を見つけましたから、大丈夫です」
フォンスは、少し離れた所で会場の片付けを手伝いもせず欠伸をしているクレストを見た。その視線を辿ったコートルは苦笑した。
「あいつか? あいつは腕は確かだが、性格は真面目ではないぞ。目標像があるのは良いことだがな」
「はい」
コートルはフォンスをクレストの所へ連れていき、引き渡した。
会場から出ていくコートルを見送り、フォンスは隣にいるクレストを見上げた。
「さあて、今日の仕事は終っ了っ!」
クレストは伸びをして、フォンスには目もくれず歩き出した。そう来たか、とフォンスは思った。そして無言のまま彼に付いて行った。
外に出ると日が傾き始めていた。試験とは別の任務や訓練を終えた兵士達が、晴々しい表情で歩いている。彼らはクレストとすれ違うと、その後ろをぴたりと付いているフォンスに気付き、不思議そうに首を傾げた。
クレストはそのまま兵士の詰所へ行き、防具類を外した。先に来ていた他の兵士達は、外している間も無言で彼の側に立つフォンスを見て、顔を引きつらせた。
次にクレストが向かったのは水飲み場だった。ここでも周りの注目を浴びる中、フォンスを無視したまま、瓶の水を掬い、喉を潤した。フォンスもそれに倣って水を飲み、知らん振りで先に行ってしまったクレストの後を追った。
その後もクレストが歩くスピードを上げればフォンスも足を速め、急に角を曲がれば慌てて方向修正し、とにかくフォンスは何も言わずにひたすらクレストの後ろを付いて歩いた。
やがて軍の宿舎へやって来たクレストは、入って早々に舌打ちをした。
「よう、子分が出来たのか?」
前方から声をかけてきたのは、クレストと同年代ほどの兵士だった。
「さて、何のことやら」
「おいおい、子分じゃないなら、その雛鳥みたいにお前の後をくっついてる白いのは……隠し子か?」
「馬鹿か! 俺がいくつの時の餓鬼だってんだ!」
「……いや、お前ならあり得……」
「あり得ん!」
クレストは意地でもフォンスの存在を認めようとせず、振り切るように宿舎の奥へ続く階段をかけ上がった。
慌ててフォンスも追ったが、クレストの姿はなく、代わりにある部屋のドアが音を立てて締め切られるのを見た。そこをクレストの自室だと予想をつけたフォンスは、仕方がないのでドアのすぐ横に座り込んだ。そしてコートルとクレストのやり取りを思い返した。
「クレスト、この子がお前を目標にしたいらしいぞ」
コートルがフォンスを連れて行くと、クレストは驚いて欠伸を止めた。
「……ご冗談を……」
「いや、本当だ。一匹狼でフラフラしておるお前には、気を引き締める良い機会だ。くれぐれも反面教師にはならんように」
「は、はあ? 待ってくださいよ。俺に子守りでもさせるおつもりで?」
心底迷惑げに抵抗したクレストは、苦虫を噛み潰したような顔でフォンスを見た。
「フォンス・ダントールです。よろしくお願いします」
「勝手によろしくされてもな……」
「試験中、第3隊に向いていると、言ってくれたじゃないですか。あれは嘘だったんですか?」
「確かに言ったが……って、別れ際に食い下がる女みたいなこと言ってんじゃねえ!」
フォンスはクレストが言った意味がよく分からず、首を傾げた。その横でコートルが口髭を引っ張り、必死に笑いを堪える。
「とにかく隊長、自分で言うのも何ですが、俺に預けると教育上良くないと思いますよ」
「女にばかり色恋で慕われるより、男からも仕事上慕われる方が大事だぞ」
「隊長は俺のことを一体どういう目で見て……」
「それでは頼んだぞ。まずは宿舎の新入隊員用の部屋へ案内してやってくれ。彼はこちらに来て日が浅い故に、王宮内は元より、ネスルズのこともあまり知らんのだ」
ガクリと肩を落としたクレストを無視し、コートルはフォンスの背中を押して引き渡すと、スタスタと去って行った。
この無理矢理なやり取りをした上でのクレストの行動が、先程までのものなのだ。こうなることは、フォンスも薄々予想は出来ていた。
「大勢のエンダストリア人の中で独りだと潰される。何が何でもクレストさんに食い付いて行かなきゃ……」
フォンスが本音を呟いた時、クレストが締め切ったドアが開いた。