金の狐と黒い熊(15)
「フォンス・ダントール!」
最終受験者の名が呼ばれた。
「はい!」
フォンスは返事をすると中央へ出た。容姿もさることながら、一番最後ということもあって、全員の注目を浴びた。
第3隊は人気がなく、まだコートルの横に立つ上級兵士が出てきたことはない。だがフォンスにはそれよりもっと気になる者がいた。
「フォンス・ダントール! 希望は第3隊!」
フォンスが言った途端、周囲がざわめいた。何故なら第3隊の訓練は脱落者が相次ぐと、専ら噂になっていたからだ。マグワイルの第5隊も比較的厳しい訓練だとは言われているが、それは力と体力と声量で何とかなるものだった。しかし第3隊は、隊長のコートルの人柄からは想像出来ない程だという。
コートルの隣にいた上級兵士が一歩踏み出すと、それを制すようにフォンスがもう一度口を開いた。
「クレスト上級兵士を指名します!」
「何だって?!」
コートルが驚いて声を上げた。対戦相手の個人指名など、前代未聞なのだ。一方、当のクレストは器用に片眉を上げ、面白そうに口角を緩めた。
「フォ……いやダントール、クレストは受験者の相手には向かんのだ。加減を知らん」
慌ててコートルがそうなだめるが、フォンスは無言で後ろを振り返り、壁にもたれているクレストを見た。
その時、同じく壁に背中をつけ、座り込んでいたディクシャールがニヤリと笑ってクレストに言った
「隊長達はパフォーマンス好きだってんなら、あんたもあいつのパフォーマンスに付き合ってやったらどうだ?」
「なるほど、確かにさっき俺はそう言ったな」
クレストは更に笑みを深め、先程試験を終えたばかりの少年から、ブロードソードを取り上げ、中央へ歩み寄った。
「コートル隊長、大丈夫ですよ。坊主相手の加減は知りませんが、殺さない程度は心得ていますので」
戸惑うコートルを他所に、対峙したクレストとフォンスは睨み合った。
「さあ、来いよ」
立てた人差し指をくいくいと曲げたクレストの挑発に、フォンスは無言で地を蹴った。
ガツッ! ガキッ……ガヂィッ!!
剣のぶつかり合う音が連続して響いた。クレストは上級兵士だけあって、フォンスが繰り出す攻撃を難なく弾く。負けじとフォンスも間入れず打ち込んでいく。
フォンスの攻撃は、威力はそれほどでもないが、とにかく速かった。弾かれた勢いを利用して次の一手、かわされれば姿勢を建て直すことなく身を捻ってまた次の一手。基本的な構えなどなく、足や背中等、とにかく変則的にあらゆる所を狙うのだ。
「へぇ、面白い戦い方すんだな」
「……」
「無視かよ。何だか狩られる森の動物さんの気分だぜ」
クレストの余裕の態度にフォンスは苛立った。これではまるで手を抜かれている。クレストは未だ攻撃を仕掛ける様子はない。加減を知る知らない以前の問題だ。だがそれほどまでにフォンスの攻撃は読まれていた。
そんな思考をおくびにも出さず、フォンスは片手で攻撃を繰り出しながら、もう片方で
ズボンのポケットを探った。
ガヂィッ……シャッ!
一手を弾かれた瞬間、フォンスは踏み込んで間合いを詰め、ポケットに仕込んでいたナイフを突き上げた。
「ぐっ……!」
ナイフは寸でのところで顔を傾けフォンスの手首を掴んだクレストの頬を擦った。
用意されていた剣は、様々な大きさがあった。フォンスはその中から誰も使いそうにない小さなナイフを、皆がディクシャールの派手な戦いに目を取られている隙に数本、ポケットへ忍ばせていたのだ。
ナイフは練習用として刃が潰してはあるが、クレストの頬に赤く傷をつけた。
「ナイフの存在に気付いて仕込んだか……暗殺の訓練でも受けたのか?」
「獣相手だと何が起こるか分からない。仕込める武器は全て仕込む。スカルではそれが常識」
「へえ、3隊を希望した時は奇特な奴だと思ったが、お前はうちの隊に向いてるぞ」
「よろしくお願いします……っね!」
フォンスは掴まれた手首を振り払い、後ろに飛んで間を空けた。そこへ目掛けてクレストが突っ込み、攻撃に転じる。
刹那、クレストの目付きが変わった。一撃一撃が、フォンスのものより速く、そして重い。フォンスが次に攻撃を仕掛ける隙がないのだ。元々弓が得意で、遠隔戦に慣れている彼の弱点を見抜いたかのように間合いを詰めてくる。押されに押され、だんだんとフォンスは壁際に追い詰められた。散らばっていた他の少年達は、巻き込まれまいと慌てて異動する。
だがそれはフォンスの作戦だった。壁は石を積み上げて造られている。形の違う物を組み合わせており、でこぼこなのだ。
後ろも横も行けないなら、上しかない!
フォンスはそう判断し、次に来た攻撃を受けたと同時に、突き飛ばすように思いきり押した。そして一瞬できた間の隙に、ブロードソードを捨て、壁の出っ張りに両手足をかけ、飛び上がった。
シャシャッ!
壁を蹴り高く舞い上がったフォンスは、クレストの頭上を飛び越し、その背後目掛けて残りのナイフを、打矢のように2本放った。
ギヂンッ……
「なっ……!」
驚いて声を上げたのはフォンスだった。クレストはナイフが放たれた瞬間、チラリと視線だけ寄越すと、2本とも体を捻っただけで避けたのだ。ナイフは今しがたフォンスが蹴った壁に当り、空しく落ちた。
地面に膝をついて着地したフォンスをクレストは見逃さない。体勢を立て直す前に華奢な胸元を突飛ばし、仰向けになったフォンスにの喉元に、ブロードソードを突きつけた。
「そこまで!」
コートルの制止がかかった。
「坊主、狩りではアリかもしれないが、戦場で剣を捨てるのは自殺行為だと覚えておけ」
クレストは息も乱さずそう言って、フォンスの上から離れた。
「はい、ありがとうございました」
上体を起こしてフォンスが言うと、クレストは指名された時と同じように、器用に片眉を上げ、口角を緩めた。