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用無し女の奮闘生活  作者: シロツメ
番外編(過去編)
147/174

金の狐と黒い熊(14)

 1人目から思わぬ時間を食ってしまい、試験官である隊長らの機嫌は目に見えて悪くなった。特にそれを如実に表していたのがマグワイルだった。

 名前を呼ばれたらすぐに全速力で走り中央へ出なければ、マグワイルは苛々をアピールするように咳払いをした。そして希望の隊を叫ぶのが小さい、もしくは遅いと、ワイスの時とは比べ物にならないくらいの早さで出て来た。マグワイルなりに、丸腰で震えるワイスの見た目から考慮して、一応気は使っていたのだ。だが生意気な"餓鬼共"、おまけに時間が押しているとなれば、容赦はしなかった。無論、剣は受験者と同じ、練習用のブロードソードだったが。そして4人目、5人目ともなると、さすがに受験者の少年達も要領を得て、スムーズに希望の隊の上級兵士と剣を交えた。

 試験も終盤に差し掛かり、コートルが次の者の名を呼んだ。

「ラビート・ディクシャール!」

黒熊の少年がのそりと動いた。他の少年達のように焦った様子は全くない。彼は返事もせずに剣置き場へ行くと、ブロードソードを3本鷲掴みにした。黒熊、ディクシャールの手は、難なくそれが出来るほど大きかった。

 ディクシャールが3本の剣を肩に担ぎ、ゆっくりと中央へ出た頃には、既にマグワイルが待ち受けていた。

「ディクシャールというのか、糞餓鬼。その態度はわしと戦いたいが故の意思表示か? それともただの礼儀を知らぬ馬鹿か?」

そう言うマグワイルの表情は、どこか楽しげだ。

「……どっちだっていい。俺はただ、一番強い奴と戦いたいんだ」

「ほう? ブロードソード3本は、バスターソードの代わりのつもりか? 数を増やせば良いというものではないがな」

「そんなことは知っている。剣は好きなように選んで良いんだろ? これは重さが欲しいのと、折れた時の代わりで3本持ってるんだ」

「ふむ……、ではそろそろやり合うとするか。おい! 儂の剣を寄越せ!」

マグワイルは不敵に笑ってブロードソードを捨てると、控えていた第5隊の上級兵士に命令した。すぐに差し出された愛剣のバスターソードをズラリと抜いて構え、大きく息を吸った。

「ぅぉ゛お゛お゛お゛お゛お゛!!」

地鳴りのようなマグワイルの雄叫びに、遠くから見守っていた他の少年達は震え上がった。

「行くぞぉおっ!!」

最初にマグワイルが地を蹴って仕掛けた。

 上から振り下ろされるバスターソード。ディクシャールは3本のブロードソードを両手で持ち直し、下からすくい上げるように振ってそれを弾く。まさに火花を散らしたかのような打ち合いを数回繰り返すと、ブロードソードの1本が折れた。

「ちっ、やっぱり使えねぇや」

ディクシャールは呟くと、折れた物を投げ捨た。そして防戦の打ち合いは不利と判断し、攻撃に転じた。マグワイルが振り下ろすのを受けずに避け、両手で掴んだ2本のブロードソードを横から叩き込む。

 ガヂィッ!

マグワイルがバスターソードを立てて受け止め、両者の動きが止まった。否、止まったように見えるだけで、押し合いは依然続いている。ディクシャールは歯を食いしばっているが、マグワイルはまだ余裕の表情だ。

 力比べの押し合いは、上背と体重で勝るマグワイルに有利だった。じりじりと押し返され続けたディクシャールは、いつの間にかマグワイルに上から押さえつけられる形になっていた。とうとう膝を付いてしまうも、何とか耐える。しかし、バスターソードにたった2本のブロードソード、しかも大柄とは言え少年の腕力で敵うはずもなく……

「そこまで!」

コートルの声で、ディクシャールの試験は終了した。

 「訓練を受けていない子供相手に何をムキになっているのだ、貴殿は」

「いやはや、すまぬ。反抗的な餓鬼を見ると、つい血が騒いでしもうてな。入隊後は5隊で言葉遣いからしごかねば……」

そんなコートルとマグワイルの会話を背中に聞きながら戻ってきたディクシャールは、不機嫌さを隠そうともせず、壁際にどかりと腰を下ろした。

「くそっ……」

彼は小さく呟いて空を仰いだ。

 ふと、ディクシャールの視線の端に影が下りた。

「使った剣は戻せよ」

「……あぁ?」

話しかけられて視線を移すと、線の細い少年が立っていた。金色の髪の毛に、今し方見ていた空と同じ色の瞳。スカル人だ。ディクシャールはワイスの代わりに殴られた時既に、彼の存在は認識していた。すらりとした体躯と輝く色は、まるで金の狐のようだ、と。もちろんスカル人の噂も知っている。だがディクシャールにとっての判断材料は、強そうか弱そうかであって、昔の因縁などどうでも良かった。故に今まで全く眼中に入っていなかった存在だったのだ。

「呼ばれたらすぐに出なきゃならないのに、ブロードソードが足りない。後の奴が慌てて探さなきゃならないだろ。あの隊長と戦いたがるのは、お前くらいだぞ」

それは正論だった。実際剣を取りたそうにこちらを見ている他の少年も視界の端にいた。だが苛々しているディクシャールには、その正論が癪に障った。

「何だてめぇ、女みたいな面しやがって。喧嘩売ってんのか? あ゛あ゛!?」

白い首が覗く胸倉を、立ち上がったディクシャールが掴むと、簡単に持ち上がる。怯えて話しかけたことを後悔していると思いきや、金の狐は無表情で口を開いた。

「ここで問題を起こしたら試験に落ちるぞ。お前は良いかもしれないが俺には後がない。のたれ死ぬ時はお前の家の前で死んでやろうか?」

淡々と言い放たれたその言葉に、ディクシャールは底冷えのするような、何とも言えない意思を感じ取り、思わず手を離した。

「……ほらよ」

渋々ディクシャールが足元に転がった2本のブロードソードを拾って突き出すと、狐は「どうも」と言って、1本を他の少年に渡して中央へ急がせ、あとの1本はそのまま自分で持った。

 試験の残りはあと2人。今走って行った少年が終われば、次は狐だ。

「あいつ、見た目より骨があるかもしれない……どんな戦い方をするんだ?」

ディクシャールはそう思った。


今回は黒熊のお話がメインなので、途中から黒熊視点に変わっています。

「お前の家の前で死んでやろうか?」は本編の「同情は重いもの(5)」で出てくるエピソードです。

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