金の狐と黒い熊(10)
訓練場は広く丸い作りで、周りは石を高く積み上げた壁で覆ってある。天井はない。一番奥には、既に軍の者らしき格好の男達がいた。その中にコートルの姿もある。
フォンス達受験者は、入り口付近の練習用の剣が並べられている場所に連れて行かれた。先端を潰した様々な大きさの剣がある。
「それじゃあ、ここで好きなブツを選んで待機。奥にいるのが試験官の隊長と対戦相手だ。マグワイル隊長が着いたら順に名前を呼ばれるから、真ん中まで行って名前と希望の隊を叫べ。いいか、声が小さかったら強制的にマグワイル隊長が対戦相手になっちまうから気を付けろ」
案内をした青年はそう忠告すると、壁へ寄りかかり、後は興味無さげに空を眺めだした。
フォンスはがっかりした。何故なら、訓練場の奥に対戦相手がいるというのに、青年はここでのんびりしているからだ。ということは、第3隊の対戦相手は別の者だったのだ。
受験者は、それぞれ剣を手に取り、構えたり振ったりしながら選びだした。数は受験者の人数に対して半分もない。だが試験は一人ずつなので、使い回せば問題ない。フォンスは戸籍を取る時間がかかった為、終盤に呼ばれるだろうと思い、剣選びの輪に入ることはしなかった。
「き、君は……え、選ばない、の、かい?」
不意に掠れた声で話しかけられたフォンスが横を見ると、会場でもがいていた小柄な少年が、指をもじもじいじりながら立っていた。
「ああ、志願書を出したのが遅かったし、どうせ得意な弓はない。適当なブロードソードを使うからいいんだ」
フォンスが答えたことにホッと表情を緩めた少年は、更に話しかけてきた。
「あ、あのね、僕みたいなのが使えそうな剣ってどれだと思う?」
「え? 俺に選べってことか?」
フォンスに聞き返された少年は、、恥ずかしそうに小さく頷いた。
「他の人は皆……こ、怖そうで聞けない……」
「いや、そういうことじゃなくて俺はスカル……あーもういいや。お前、普段はどんな剣で練習してきたんだ?」
「……さ、触ったこともない……です……」
「あぁ……、それっぽいな……」
少年の見た目から予想はしていたが、では何故試験を受けに来たのか。そんなことを思うフォンスの思考に感づいたのか、少年は事情を話し始めた。
「ぼ、僕……小さいし、性格もこんなだから……両親は軍で鍛えようと、か、勝手に志願書を出しちゃったんだ。でもほ、本当は……き、宮廷術師になりたいんだ。そっちの勉強はしたんだ。だから……だ、だから落ちるのは願ったり叶ったりなんだけど、できれば……怪我はしたくないし……何かしら武器を持ってないと、ま、丸腰じゃ不安だし……どれならいいかなぁ……僕が持てそうなの、どれかなぁ」
最後はすがり付いて訴えられ、フォンスは後退った。
「分かった分かった! だからちょっと離れてくれ」
「あ、ご、ごめん……」
少年は我に返って、飛び退いた。
焦ったフォンスだったが、この少年もある意味自分と同じく必死で生き延びようとしているのだということは理解した。そうしてフォンスは武器を見渡し……
「え? ま、丸腰で行くの?」
「ああ、使えないのに持ってても、丸腰と変わらない。宮廷術師になりたいなら、何か魔術使えるんだろ?」
「うん……自己流だけど……」
「なら、派手なの一発披露して、術師になりたいから落としてくれって言うのはどうだ?」
すると、少年は顔を綻ばせ、何度も頷いた。
小柄な少年は、アレクグレイヤー・ワイスと名乗った。両親が名前に屈強さを込めて付けたのが手に取るように分かる。本人はそんな自分と正反対な名前が嫌いで、フォンスにワイスと呼んでほしいと言った。
しばらくしても、なかなかマグワイルはやって来ず、受験者の何人かは勝手に手合わせを始めた。すると、まだ剣を選んでいない者から、数が足りないから占有するなと文句が出始める。それを尻目にぼんやり試験官を眺めていたフォンスは気づいた。そこからチラチラと寄越される監視の目に。
見られている……既に試験は始まっているんだ……
軍は団体で行動する。わざと試験を遅らせ
、わざと剣の数を少なくすることで、それぞれどんな行動を取るのか。気を使って順番に譲るのか、早い者勝ちで占有するのか。剣の腕で合否を決めるというこの試験で、どこまで影響する材料なのかは不明だが、フォンスは最初から最後まで気を抜いてはいけないと思った。
気合いを入れて剣を選ぶ気も、誰かと手合わせをする気もないフォンスは、無難に何もせず待機することにした。案内の青年は、待機しろと言った。だからうろうろせず待機でいいのだろうと判断したからだ。
「バスターソードがない……」
フォンスが視線を試験官から青年に移した時、黒熊の少年が青年に近づいて訴えた。
「バスターソード? まあ、確かにお前のでかさなら使えそうだが……生憎試験で奴を使うような規格外の坊主は今までいなかったからなぁ」
「他のは物足りない」
「おいおい、いい女ならまだしも、でかい坊主にねだられても嬉しくないぞ」
「……もういい」
黒熊は青年の言った軽口が気に入らない様子で、離れていこうとした。
「怒るなよ。代わりに良いことを教えてやる。そこにある剣は、"好きなように"、選べるのさ。意味分かるか? 隊長達は皆、パフォーマンスが大好物だ」
青年はニヤリと笑って言った。
スカルに魔術を使える者はいません。ですが、かつてネスルズに行ったことのある先祖から伝え聞いて、存在は知っています。故に、フォンスは「派手なの一発」がどんな規模のものか、全く知らずに言っています。
無知って怖いですねぇ。