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用無し女の奮闘生活  作者: シロツメ
番外編(過去編)
142/174

金の狐と黒い熊(9)

 鐘が鳴り止むと、突然会場に怒声が響き渡った。

「よおぉぅし餓鬼共! ここに整列しろっ!!」

大砲のようなその声に受験者達は、耳を塞ぐ者、腰を抜かす者、果ては逃げようと慌てふためく者と、それぞれ多様な反応をした。フォンスは目を閉じて頭にガツンと響いた声を振り切ると、辺りを見回した。

 怒声の主は、会場の出入口を塞ぐように立っていた。大木を思わせる背丈、白髪に白髭、胸や四肢には、その毛色から想像できる年には不相応な程の筋肉が、隆々りゅうりゅうとまとわり付いていた。

 白熊っていうのは、こういうものを言うんだぞ……

敷物を可愛いと言ったライラを思い出したフォンスは、心の中でこっそり呟いた。

 「何をぼやぼやしている!! さっさと整列しろっ! 並ぶ順は早い者勝ちだ! 最後になった者は鉄拳だっ!」

白熊が髭を逆立てて再度怒鳴ると、受験者の少年達は我に返って押し合いへし合い並んだ。ライラのことを考えていたフォンスは出遅れてしまったが、意外にも他にぐずぐずしている少年が2人いて、最後にはならなかった。

 1人はフォンスより小柄で痩せこけた少年で、小動物のように身を震わせながら、足をもつれさせて転び、列より大分離れた位置でもがいていた。

 もう1人は、白熊程の背丈ではないが、他の同年代より頭1つは抜き出た大柄の少年。短く刈り込んだ黒い頭を掻きながら、急ぐ素振りすら見せずゆっくり歩いている。フォンスはそのふてぶてしい態度と体格から、スカルとアメリスタの境界付近に生息する黒熊を連想した。

 先程からもがいていた小柄な少年は、最後になっては堪らないと、列に向かって這い出した。が、彼と黒熊はほぼ同時に最後列へ辿り着いた。

「ひっ、ひぃいっ!」

地面ばかり見ていた小柄な少年が、黒熊に気づいて見上げると、絞り出したような悲鳴を上げて後退あとずさった。後一歩で最後を免れるというのに、黒熊を押し退けて行くなど、恐ろしくてできないようだ。

 すると黒熊は「チッ」と舌打ちをし、小柄な少年の襟首を掴み上げ、フォンスのすぐ後ろ、最後から2番目の位置へと乱暴に落とした。

 「ほう? お前は是非ともわしの鉄拳を食らいたいようだな」

「ふん……」

白熊が不敵な笑みを浮かべつつやって来ると、黒熊は鼻を鳴らして挑戦的に睨み付けた。

 ドガッ……

子供の頭程もありそうな拳が、黒熊の頬にめり込んだ。吹っ飛ばされる! その場にいた誰もが思い、息を飲む。だが黒熊は殴られた勢いで顔を横に逸らしたものの、一歩もその場を動かなかった。そして血の混じった唾をペッと地面に吐き捨てると、再び白熊を睨み付けた。

 「お前、希望は何隊だ?」

己の鉄拳があまり効いていないことを特に気にするでもなく、白熊は尋ねた。

「5隊……」

「そうか、第5隊は儂の隊だ。合格すればしごいてやろう」

白熊はそう言って、去り際に黒熊の腹へ軽く一発打ち込んだ。







 並んだ受験者達を前に、白熊は第5隊隊長、マグワイルと名乗り、試験の手順を説明した。不必要な程の怒鳴り声で。

 試験は剣の模擬試合のみ。相手は希望する隊の上級兵士。順番は志願書を提出した順だ。マグワイルがでたらめな順に整列させたのは、ただ単にごちゃごちゃとたむろしている"餓鬼共"が気に食わなかっただけだろう。

 フォンスはコートルから事前に、彼が隊長をつとめる第3隊を選ぶよう言われている。基本的に隊長格全員で採点を行うが、受験者が希望した隊の隊長が一番の決定権を持つからだ。下手にスカル人嫌いの隊長を選ぶと、それだけで落とされるかもしれないのだ。隊の割り振りは基本の修練が終った後で、必ずしも希望通りの隊に入れるわけではないが、第3隊を選んでおけば、少なくとも実力があるのに落とされるということは避けられる。

 マグワイルの説明が終わると、彼の影から音もなく青年が現れた。

「よーし、今から訓練場まで移動だ」

「お、おまえは! 無駄に気配を消して後ろに立つなと、何度言えば分かる!?」

いきなり出てきて飄々(ひょうひょう)と受験者達へ喋りかけた青年に一瞬ギクリとしたマグワイルは、また白髭を逆立てて怒鳴り散らした。

「はい、申し訳ございません。そういう性分なもので。とりあえず、出入口を塞いでしまっている、その立派なお身体を3歩程ずらして頂いてもよろしゅうございますか」

「その丁寧なようで見下した物言いがっ……! 全く、上級兵士ともあろう者が……コートル殿はどんな教育をしたのだ!」

 2人の会話を聞いていたフォンスは、この青年が第3隊の兵士で、入隊すれば自分の先輩になるのだろうと、漠然と思った。青年は少し薄い茶色の癖毛を上品に後ろへ流し、よく見るとその瞳は南方のネスルズでは珍しいヘーゼルグリーンだった。

 それから不機嫌なマグワイルを会場に残し、受験者達を訓練場まで案内する青年の背中を見ながら、フォンスは彼が相当強いと、妙な確信を覚えた。幼い頃から野性動物の気配を探るのに慣れているフォンスも、先程青年が現れた時は驚いたのだ。

 戦ってみたい……この人が第3隊の対戦相手であって欲しい。

フォンスは胸を高鳴らせた。


新しい登場人物が4人一気に出てきました。でも黒熊さんは皆さんご存知ですよね。あともう一人の少年も、本編終盤ににちょこっとだけ出てくるあの人です。

白熊と青年は完全な新キャラです。

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