金の狐と黒い熊(8)
入隊試験当日、フォンスは一人で王宮の門までやって来た。試験官であるコートルは先に館を出たのだ。
心底鬱陶しそうな顔で立ち止まる彼の横を、同年代と思われる少年達が次々と通り過ぎて行く。
試験は始まっていないというのに、既に第一関門が設けられているのか、とフォンスは思った。彼の目下の課題は、明らかに不審者を見る態度の門番を、どう説得するかだ。受験者と試験官が連れ立っているのはまずいということで、彼が不審者でないと証明できるコートルはとっくに王宮内へ入ってしまっている。少しだけ面識のある、あの変態趣味のトリードが来ているはずもない。
「だから、試験を受けに来たんだって言ってるだろう」
眉を潜めて言うフォンスに、門番も視線を更に鋭くさせた。
「それを"はいそうですか"と王宮内へ簡単に入れる訳にはいかん、スカル人。身分を証明できる物を出せ」
「戸籍の証明書は申請の時に出したんだ。手元にはない。それにさっきから他の奴らは何も見せないで入って行ってるじゃないか。」
「彼らはネスルズの者だからだ。だがお前は見るからに違う」
押し問答が続き、フォンスがいよいよ強行突破に移ろうかと考え始めた時、後方からあまり彼には好ましくない、だがよく知った気配が近づいた。
「どうもすみません、門番の旦那。こいつはうちの新入りでして……」
駆けてやって来たのはモルドランだった。
「なんだ、コートル隊長の小間使いか」
「ええ、ええ、そうです。こいつは性格が粗雑で小間使いには向いてませんでして、旦那様が軍に入れようとお考えになったんですよ。スカル人ですが、身元は旦那様が証明してくれるはずですぜ」
モルドランは手を揉み、大袈裟な身振り手振りでひたすら愛想良く喋った。
フォンスは途中何やら貶された気もしたが、とりあえずこの場をなんとかしてくれるようなので黙っていた。
「何だ、そういうことか。しかし隊長も酔狂なことをなさる。奥の試験会場までお前が付いていくんだぞ。いくら隊長の紹介でも、粗雑なスカル人とやらが下手にうろつくといかんからな」
「ええ、それはもちろんで……」
門番は快くとはいかないが、とりあえずはフォンスに通るよう顎で示した。
門を抜け、無言で歩くモルドランの背中にフォンスは問いかけた。
「俺はこの場合、礼を言った方が良いのか?」
するとモルドランは一旦立ち止まり、思い切り眉間に皺をよせながら振り返った。
「やめてくれ。それじゃあまるで、俺がお前に親切をしたみたいじゃねぇか」
「違うのか? 途中貶されたのを差し引いても、門番を説得しただろ」
そうなのだ。言葉の選び方はどうであれ、結局はモルドランのおかげで問題を起こさず中に入れたのだ。
「馬鹿野郎。今朝お前が一人で出発した時点で、まず入れないだろうとは予想できた。旦那様は門番の性格までは知らないから一人で行かせたんだろうが、俺は使いでよく出入りしていて、あの門番がどんな奴か知ってる。一瞬ざまあみろと思ったがな、それでお前が館に舞い戻って来ちまったら、そっちの方が嫌なんだよ」
モルドランは口をへの字にひん曲げ反論した。
「ふうん……そりゃ確かに親切ではないな」
「分かったら黙って歩け!」
そうして二人は再び無言で歩いた。
程なくして試験会場へと辿り着いた時、もう行けとばかりに腕組みをして止まったモルドランに向かってフォンスは言った。
「色々あったけど、ありがとうな」
「はっ!? な、なななっ、何なんだよ!?」
モルドランの顔はみるみる赤くなっていく。
「いや、意図がどうであれ、お前のおかげで入れたのは事実だしな。それに……」
フォンスはそこで一旦言葉を区切り、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「……お前は正論で言い返されるより、馬鹿正直に礼を言われる方が苦手と見た」
「う……うるせえ! 確実に追い出すためにここまで来たんだっつってるだろ! もう行けよ!」
「ああ行くさ」
「もう館には戻って来るなよ!」
喚くモルドランに背を向け、フォンスは会場内へ進んだ。その足取りは軽い。
モルドランが本当に追い出すために助け船を出したかどうかなど、今のフォンスにとってはどちらでも良かった。この先仲良くなれることもないだろうし、仲良くなりたいとも思わない。ただ今日のモルドランが少しだけ、スカルの天邪鬼で面倒臭がりな幼なじみと重なる部分があり、人間味のある人間に感じられた。それがフォンスの心に小さな風穴を空けただけ。
待ち合い場に着けば、途端に同じく試験を受ける少年達の視線がフォンスに刺さる。だが今までとは違い、ちっとも痛くない。
そうか、嫌いな相手を生身の人間と認めたら、こんなにも早く気持ちが楽になるのか。他人に自分を認めさせるのは、その後でいいんだ。
フォンスはそう思って、深く息を吸い込んだ。
試験の始まる鐘が鳴った。
幼なじみはニートマスのことかな?