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用無し女の奮闘生活  作者: シロツメ
番外編(過去編)
134/174

金の狐と黒い熊(1)

本編より20年前のお話です。

 首都ネスルズがだいだいに染まる。

 一日の仕事を終えた住民達がその足を早める。

 ある者は愛妻の用意した夕食のために帰路を急ぎ、またある者は仲間と日々の鬱憤うっぷんを晴らそうと飲み屋へ行くのだろう。

 太陽に恵まれたこの地の夜は短い。故に皆、日が落ちてくると途端にせかせかしだす。

 やがて街が紫のとばりに覆われた頃、ぽつぽつとともりだした魔術の街灯を頼りに歩く、一人の男がいた。

 黒々としてつやのある口髭を蓄えた男の名は、ガルダス・コートルという。エンダストリア王国軍第3隊隊長である彼もまた、急いで家に帰る者の一人だ。身体が弱いために子供は無理だろうと言われていた彼の妻が、つい3ヶ月前に待望の長男を無事出産したのだ。急ぐのも頷ける。

 我が家まであと少しというところで、コートルは街道の脇に違和感を覚えた。振り向くとその違和感は、顔を出したばかりの月に照らされて、金色に光っているではないか。

「獣……の死体か?」

コートルは呟き不審に顔をしかめ、口髭を撫でながら金色に近付いた。

 寄るにつれてはっきり確認できたそれは、予想に反して獣ではなかった。

「……っ! 人じゃないか!? おいっ、しっかりしろ!」

慌ててコートルが抱き起こしたのは、まだあどけなさが残る少年。しかも今やネスルズでは全く見かけなくなったスカル人の風貌だ。

 「……あ……ぅ……」

少年は小さくうめき、ぼんやりと瞼を持ち上げたが、その焦点は合っていなかった。

「いかん、脱水症状だ……」

すぐに治療院へ運び、水分をらせなければいけないのだが、ここからは距離があり過ぎる。ぐずぐずしていると、この少年は死んでしまうかもしれない。そう判断したコートルは、少年を背負い、目と鼻の先にある自分の家で一端介抱することにした。







 「あらあらあら! まぁまぁ……」

「ライラ、この子が脱水症状を起こしているようだ! すぐにモルドランを治療院へ走らせてくれ!」

玄関まで出迎えるや驚きの声を上げた妻ライラに、使いの手配を申し付けたコートルは、空いていた客室のベッドに少年を寝かせた。

「ほら、飲めるか?」

水の入ったコップを少年の口に近づけるも、意識が朦朧もうろうとしているためか、口を小さく動かすだけで、一向に飲む気配がない。

 仕方なくコートルは小さめの布にコップの水を沁み込ませ、少年の口の中へ絞った。

「少しずつでいいから、ちゃんと飲むんだ。死にたくなかったらな」

そう言って彼は、もう一度水を含ませた布を折りたたんで少年にくわえさせ、その間に女中が用意した桶の水で別の布を濡らし、少年の首や脇、足の付け根に当てて身体を冷やした。

 程なくして客室のドアが開いた。

「旦那様、お連れしやしたぜ!」

「ああ、モルドランか。ご苦労だった。どうぞ先生、こちらです」

コートルは戻った小間使いのモルドランを下がらせ、治療術師を招き入れた。

「……これはこれは……可哀想に。ネスルズの暑さにやられましたか……」

老年の治療術師は、スカル人の少年を見て眉尻を下げた。

「応急処置は行いましたが、何分なにぶん素人判断なもので……」

コートルの言葉を受け、治療師術は少年の診察を始めた。

 「いやいや、正しく迅速な判断でしたぞ。もう容態は落ち着きつつある。脱水症状は治療術をかけても治りませぬ。意識が戻るのを待ち、水分と滋養のある食事を与えれば回復に向かいましょう」

「それは良かった……」

天井を見て安堵のため息をついたコートルの肩を、治療術師は2度叩くと、そのまま診察報酬を受け取らずに帰って行った。







 自ら連れ込んだ見知らぬ少年を女中や小間使い達に任せるわけにもいかず、ましてや夜泣きの激しい乳飲み子の世話をする妻のライラにも頼めず、結局コートルは徹夜覚悟で少年に付き添った。

 ネスルズを恨み引き上げて行ったスカル人、しかもまだ子供が、たった一人でここまで来たということは、よっぽどの事情があったに違いない。それに今朝、アメリスタがほとんど一方的に公国を宣言し、突然流通を制限した。戸籍を届けてないスカル人のこの子が通行を拒否され、路頭に迷う羽目になったのだろうということは、容易に想像がつく。

 コートルはそんなことを考えながら少年の身体を冷やす布を定期的に取り替え、少年が渇いた口を動かせば、そこへ水を含ませてやった。

 やがて空が白み始めた頃、少年が目を覚ました。意識をほぼ失ったままだった彼は、一体どうなっているのだと言わんばかりに目をキョロキョロさせ、そして隣で口髭を撫でているコートルと視線が合った。

「……っ!? なっ……どっ……!」

少年は目を見開くと、驚いて起き上がろうとしたが叶わず、何か言おうとしたがどもってそれも叶わなかった。

「落ち着きなさい。何も危害は加えないから。気分はどうだ?」

コートルは、おそらく「何なんだ? どこなんだ?」と言いたかったのだろう、と察して苦笑しながら尋ねた。

「……喉が……渇いた」

「そうか、なら好きなだけ飲みなさい」

声変わりが終わり切っていない、少し高めの声がしっかりしていることに回復を感じたコートルは、不審な視線を寄越す少年の手にコップを握らせた。

 最初はコートルをうかがい見ながらコップの水を舐めていた少年だったが、それでも渇きに負け、途中から喉を鳴らして一気に飲み干した。

「ハハハッ、慌てんでいい。足りなければこの水差しにまだたっぷりある」

「……」

コートルに笑われて、少年は恥ずかしそうに俯いたが、結局水差しも受け取って飲み干した。

 思う存分水を飲んだ後、少年はそれまで不審に満ちていた視線を和らげた。

「……俺は一体どうなって……?」

「昨晩わしが帰ろうと歩いていたら、お前が道に倒れておった。脱水症状を起こしていたようだったから、連れて帰って水を飲ませて身体を冷やした。簡単に説明するとそんなところだ」

「……っ!」

その時何を思ったのか、少年は視線をさっきまで濡れた布で冷やしていた足の付け根に下ろした。起き上がろうともがいた時に布は落ち、ズボンの股はぐっしょりと染みが出来ている。

「あっ……え……」

少年が突然耳を真っ赤にしてうろたえ出したのを見たコートルは、堪えきれずに大笑いした。

「ガハハハハッ! 安心しろ、その股間の染みは体温を下げるために足の付け根を冷やした時出来た水だ。お前は寝小便などしておらん。漏らしたように見えるがなっ! ハーッハッハッハッ!」

己の失態ではないと分かった少年は、安堵のため息を付き、口髭が逆立つ勢いで笑うコートルを若干冷めた目で見つめて、彼の笑い終えるのを待った。

シロツメ多忙により、続きは気長にお待ち下さい。

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