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用無し女の奮闘生活  作者: シロツメ
番外編(通常版)
133/174

スカル観光地開発~とある妊婦の家で

 場所は変わって、ここはある妊婦の住む家。

 先程までいた廃墟のごとく薄気味悪いやかたとは打って変わり、いかにも新婚世帯、妻の言いなりで夫の選択権なんぞない!と言わんばかりの可愛らしい家だ。もっとも、ここの世帯主は、住む所がどんな状態であろうが、あまりこだわらない性質たちだが。

 そしてある意味世帯主より権力のある妊婦、サヤ。彼女はかなりしたたかな女で、偽装結婚の間はまだ遠慮していたのだが、事実上も妻となってからは、本格的に家を自分好みに変えてしまったのだ。

 アメリスタとのいくさが終わり、物流が徐々に回復してくると、まず黄ばんだカーテンは、ピンクの水玉模様に取りえられた。それからトリードが以前贈った大きなうさぎのぬいぐるみは、何故か白い大振りのレースが付いたエプロンをつけ、その隣に小さい熊や豚のぬいぐるみが並べられていた。それらも一様に前掛まえかけやリボン等、何かしら身につけている。

 一方、小花柄のテーブルクロスは気に入っているのだろう、取り替えられてはいないが、新たに細めのレースを縁に縫い付けてあった。この分だと、2階の寝室はもっと甘ったるいものになっていそうだ。

 「バリオス殿、あのハートの形の鍋は、一体どこで手に入れたのだろうか」

乙女チックな内装を興奮気味に見回していたトリードは、台所で以前より少しふっくらしたサヤが紅茶を入れている、その横に鎮座した鍋を指差した。

「ああ、あれは私が作ったのです。彼女が正式に結婚した時、お祝いは何がよろしいかと尋ねたら、赤いハートの鍋が欲しいと言われましてね。色を付けるなら金属のものより陶器の方が良いのですが、割れると縁起が悪いので、魔術で頑丈に補強してあります。セットで同じ形のカップとソーサーも作りました。……ほら」

 バリオスの視線を辿ると、赤いハートのソーサーに乗った、赤いハートの形のカップを、鼻歌を歌いながら運ぶサヤの姿があった。

「バリオス殿!私もあのような物が欲しいぞ!」

「はあ、構いませんけどね。……相変わらず似合わない趣味ですな。ご夫人に気持ち悪がられませんか?」

「ふんっ、何を言うか。家内は一番の理解者だぞ」

トリードは心外だとばかりに鼻を鳴らした。そういえば趣味だけでなく体型も似た者夫婦だったなあ、と思い出したバリオスなのであった。







 「え゛え゛~」

話を聞いて案の定、サヤはまず嫌そうな声を出した。

「主婦ってのは案外忙しいんですよ?掃除に洗濯、ご飯のメニューも旦那を飽きさせないために毎日考えなきゃならないし。おまけに悪阻つわりで気分悪いから、特産品なんて考える脳みその余裕はありません」

「そう言うな。食事のことは夫に何が食べたいか聞けば良いではないか」

「そんなのとっくに聞いたけど、フォンスさんは決まって、"君の作るものはいつも美味いから何でもいい"って言うんだもの。もうすぐ帰ってくる時間だし。そろそろ夕食の支度をしたいんですけど」

 一見文句を言っているように聞こえるが、サヤの口元は微妙ににやけている。それを見たトリードは、フォンスのネタで食いつかせようと思った。

「スカルはお前の愛しいダントール殿の故郷だろう?観光で発展すれば、彼もさぞ喜ぼう。その一端を妻が担ったとなれば、一生頭が上がらんだろうて」

「別に平伏ひれふさせたいわけじゃないです」

「むむむ、おおそうだ!お前の世界では、この毛玉と似たようなものがあると言うておったな。やはりうさぎを大量に狩っておるのか?」

面倒臭がりのサヤを相手にするには、話題の転換が欠かせない。トリードはフォンスネタが駄目と悟ると、すぐさま別の方向から攻め始めた。

「本物の毛皮もあるだろうけど、ほとんどがフェイクですね。人工的に似せて作った物。じゃないと動物愛護団体から怒られちゃうわ」

「ほう?バリオス殿、いかがかな?」

トリードのキラキラした視線を受け、バリオスは少し考えた。

 エンダストリアに毛皮を人工的に作る技術はない。暑いから毛皮など必要ないからだ。そしておそらく少数民族のスカルでも、わざわざ毛皮を作ることなどしないだろう。村の者の分をまかなうくらいの毛皮は、通常の狩りで十分足りるはずだ。となると、一から作り方を考えねばならなくなる。

「少し時間をいただければ、魔術を使って作れないこともありませぬが……」

バリオスはどこか釈然しゃくぜんとしない言い方しかできなかった。

「では毛玉を土産物にすることも可能なのだな?良かった良かった、これで行こう」

「ちょっと待てぃ!」

嬉々として立ち上がったトリードを、サヤが引き止めた。

「あのですね、魔術で毛皮作るって、生産場所は勿論ネスルズですよね?」

「当たり前だ。スカルは地の力が届かんからな。どんな優秀な術師も、向こうへ行けばただの人となってしまう」

「ここで作ったらスカルの特産品にならんだろうがああぁぁ!」

「だああぁぁそうだった!!」

叫びながらサヤに突っ込まれたトリードは、根本的な問題に気づいた。

「やはり……実は私もそこがネックだと思っていたのです」

今度は落ち着いてふむふむと頷くバリオスに、とうとうサヤは頭を掻きむしりだした。

「私はコントをやるキャラじゃないと!何度思えば分かるんだこの世界の奴らは!」

「思うだけでは伝わりませんでしょうに。妊婦があまり血圧を上げるのはよくありませんよ。それよりコントとは何なのです?楽しそうで……あたたたたっ!」

サヤにがっつりこめかみをグリグリされ、バリオスはもだえ苦しんだ。

「ええ、ええ。私の血圧を上げないよう、あなたも思ってるだけじゃなくて、さっさと言ってください。」

「どうどう!サヤ、私が悪かった。今度菓子でも買ってやるから、なっ?お前が締めている頭は、まかりなりにも国宝級なのだぞ」

 ようやくバリオスを解放したサヤは、「スリッパが欲しい……スパンッとやりたい……」とブツブツ呟きながら自分の席に戻った。それから彼女は大きく一つ深呼吸をし、テーブルに肩肘を付いてしばし考えた。

 「思い出……」

「何だ?」

サヤが小さく放り投げた言葉を、トリードは聞き返した。

「旅の一番の土産は思い出ですよ。物にこだわらずとも、広い場所を確保して犬橇いぬぞりレースをするとか、木の置物みたいな民芸品の作り方を教える教室開くとか、でっかい猪を皆で焼いてわいわい食べるとか、そういう体験型の旅をあらかじめ組むんです。観光の目的は相互理解でしょう?神布しんぷや白うさぎは勿論魅力ですけど、スカル人の生活を体験する方が近道だと思いますよ。人と人との交流もできますしね。特産品は焦って無理矢理作らなくても、ゆっくり考えていけばいいんじゃないですか?」

「お前……」

「サヤさん……」

途端に目が潤みだしたオッサン二人に嫌な予感を覚えたサヤは、逃げ道を作ろうと椅子を少し引いた。

 グァバッ!と腕を広げて走り寄って来るオッサン達。お腹を気遣うサヤは、一瞬飛び退くのを躊躇ちゅうちょした。間に合わない……!

「私の妻に、何をしようと?」

ハートのカップでぶん殴ろうと構えていたサヤが見たのは、トリードとバリオスの後襟首うしろえりくびを掴んで止めている、ダントールの姿だった。

「おおダントール殿!貴殿の妻は実に素晴らしい!私は感動したぞ!」

「そうです!アイデアの宝庫と言って良い!」

オッサン達はダントールに矛先ほこさきを変え、今度こそグァバッ!と抱きついた。

「や、やめてください!私はこれ以上男色の噂を立てられたくないのですっ!」

「安心せい!それはこちらも同じだ!だが今は他に感動を表現する方法が浮かばん!」

「大丈夫です!ここに侍女達はいませぬ!」

まさか自分に抱き付いてくるとは思わなかったダントールは、油断していてあっさり二人に捕まった。

「サヤ!君からも何か言ってくれ……どわっ!それ以上顔を近づけないでいただけますか!トリード殿!」

「アーッハッハッハ!フォンスさんってば人気者ねぇ。いちゃうわ。アハハッ」

 そしてネスルズの一角に、男達の異様な叫び声と、女の意地悪そうな笑い声が響き渡った。

 翌日、一日にしてゲッソリやつれたダントールと、ウキウキお肌つやつやなトリード&バリオスが王宮に出勤してきて、侍女達はまた色々想像したのであった。


要望が多かった、ぽっちゃり大臣とスカル観光地開発のお話でした。


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