スカル観光地開発~とある妊婦の家で
場所は変わって、ここはある妊婦の住む家。
先程までいた廃墟のごとく薄気味悪い館とは打って変わり、いかにも新婚世帯、妻の言いなりで夫の選択権なんぞない!と言わんばかりの可愛らしい家だ。尤も、ここの世帯主は、住む所がどんな状態であろうが、あまりこだわらない性質だが。
そしてある意味世帯主より権力のある妊婦、サヤ。彼女はかなり強かな女で、偽装結婚の間はまだ遠慮していたのだが、事実上も妻となってからは、本格的に家を自分好みに変えてしまったのだ。
アメリスタとの戦が終わり、物流が徐々に回復してくると、まず黄ばんだカーテンは、ピンクの水玉模様に取り替えられた。それからトリードが以前贈った大きなうさぎのぬいぐるみは、何故か白い大振りのレースが付いたエプロンをつけ、その隣に小さい熊や豚のぬいぐるみが並べられていた。それらも一様に前掛けやリボン等、何かしら身につけている。
一方、小花柄のテーブルクロスは気に入っているのだろう、取り替えられてはいないが、新たに細めのレースを縁に縫い付けてあった。この分だと、2階の寝室はもっと甘ったるいものになっていそうだ。
「バリオス殿、あのハートの形の鍋は、一体どこで手に入れたのだろうか」
乙女チックな内装を興奮気味に見回していたトリードは、台所で以前より少しふっくらしたサヤが紅茶を入れている、その横に鎮座した鍋を指差した。
「ああ、あれは私が作ったのです。彼女が正式に結婚した時、お祝いは何がよろしいかと尋ねたら、赤いハートの鍋が欲しいと言われましてね。色を付けるなら金属のものより陶器の方が良いのですが、割れると縁起が悪いので、魔術で頑丈に補強してあります。セットで同じ形のカップとソーサーも作りました。……ほら」
バリオスの視線を辿ると、赤いハートのソーサーに乗った、赤いハートの形のカップを、鼻歌を歌いながら運ぶサヤの姿があった。
「バリオス殿!私もあのような物が欲しいぞ!」
「はあ、構いませんけどね。……相変わらず似合わない趣味ですな。ご夫人に気持ち悪がられませんか?」
「ふんっ、何を言うか。家内は一番の理解者だぞ」
トリードは心外だとばかりに鼻を鳴らした。そういえば趣味だけでなく体型も似た者夫婦だったなあ、と思い出したバリオスなのであった。
「え゛え゛~」
話を聞いて案の定、サヤはまず嫌そうな声を出した。
「主婦ってのは案外忙しいんですよ?掃除に洗濯、ご飯のメニューも旦那を飽きさせないために毎日考えなきゃならないし。おまけに悪阻で気分悪いから、特産品なんて考える脳みその余裕はありません」
「そう言うな。食事のことは夫に何が食べたいか聞けば良いではないか」
「そんなのとっくに聞いたけど、フォンスさんは決まって、"君の作るものはいつも美味いから何でもいい"って言うんだもの。もうすぐ帰ってくる時間だし。そろそろ夕食の支度をしたいんですけど」
一見文句を言っているように聞こえるが、サヤの口元は微妙ににやけている。それを見たトリードは、フォンスのネタで食いつかせようと思った。
「スカルはお前の愛しいダントール殿の故郷だろう?観光で発展すれば、彼もさぞ喜ぼう。その一端を妻が担ったとなれば、一生頭が上がらんだろうて」
「別に平伏させたいわけじゃないです」
「むむむ、おおそうだ!お前の世界では、この毛玉と似たようなものがあると言うておったな。やはりうさぎを大量に狩っておるのか?」
面倒臭がりのサヤを相手にするには、話題の転換が欠かせない。トリードはフォンスネタが駄目と悟ると、すぐさま別の方向から攻め始めた。
「本物の毛皮もあるだろうけど、ほとんどがフェイクですね。人工的に似せて作った物。じゃないと動物愛護団体から怒られちゃうわ」
「ほう?バリオス殿、いかがかな?」
トリードのキラキラした視線を受け、バリオスは少し考えた。
エンダストリアに毛皮を人工的に作る技術はない。暑いから毛皮など必要ないからだ。そしておそらく少数民族のスカルでも、わざわざ毛皮を作ることなどしないだろう。村の者の分をまかなうくらいの毛皮は、通常の狩りで十分足りるはずだ。となると、一から作り方を考えねばならなくなる。
「少し時間をいただければ、魔術を使って作れないこともありませぬが……」
バリオスはどこか釈然としない言い方しかできなかった。
「では毛玉を土産物にすることも可能なのだな?良かった良かった、これで行こう」
「ちょっと待てぃ!」
嬉々として立ち上がったトリードを、サヤが引き止めた。
「あのですね、魔術で毛皮作るって、生産場所は勿論ネスルズですよね?」
「当たり前だ。スカルは地の力が届かんからな。どんな優秀な術師も、向こうへ行けばただの人となってしまう」
「ここで作ったらスカルの特産品にならんだろうがああぁぁ!」
「だああぁぁそうだった!!」
叫びながらサヤに突っ込まれたトリードは、根本的な問題に気づいた。
「やはり……実は私もそこがネックだと思っていたのです」
今度は落ち着いてふむふむと頷くバリオスに、とうとうサヤは頭を掻き毟りだした。
「私はコントをやるキャラじゃないと!何度思えば分かるんだこの世界の奴らは!」
「思うだけでは伝わりませんでしょうに。妊婦があまり血圧を上げるのはよくありませんよ。それよりコントとは何なのです?楽しそうで……あたたたたっ!」
サヤにがっつりこめかみをグリグリされ、バリオスは悶え苦しんだ。
「ええ、ええ。私の血圧を上げないよう、あなたも思ってるだけじゃなくて、さっさと言ってください。」
「どうどう!サヤ、私が悪かった。今度菓子でも買ってやるから、なっ?お前が締めている頭は、まかりなりにも国宝級なのだぞ」
ようやくバリオスを解放したサヤは、「スリッパが欲しい……スパンッとやりたい……」とブツブツ呟きながら自分の席に戻った。それから彼女は大きく一つ深呼吸をし、テーブルに肩肘を付いてしばし考えた。
「思い出……」
「何だ?」
サヤが小さく放り投げた言葉を、トリードは聞き返した。
「旅の一番の土産は思い出ですよ。物にこだわらずとも、広い場所を確保して犬橇レースをするとか、木の置物みたいな民芸品の作り方を教える教室開くとか、でっかい猪を皆で焼いてわいわい食べるとか、そういう体験型の旅をあらかじめ組むんです。観光の目的は相互理解でしょう?神布や白うさぎは勿論魅力ですけど、スカル人の生活を体験する方が近道だと思いますよ。人と人との交流もできますしね。特産品は焦って無理矢理作らなくても、ゆっくり考えていけばいいんじゃないですか?」
「お前……」
「サヤさん……」
途端に目が潤みだしたオッサン二人に嫌な予感を覚えたサヤは、逃げ道を作ろうと椅子を少し引いた。
グァバッ!と腕を広げて走り寄って来るオッサン達。お腹を気遣うサヤは、一瞬飛び退くのを躊躇した。間に合わない……!
「私の妻に、何をしようと?」
ハートのカップでぶん殴ろうと構えていたサヤが見たのは、トリードとバリオスの後襟首を掴んで止めている、ダントールの姿だった。
「おおダントール殿!貴殿の妻は実に素晴らしい!私は感動したぞ!」
「そうです!アイデアの宝庫と言って良い!」
オッサン達はダントールに矛先を変え、今度こそグァバッ!と抱きついた。
「や、やめてください!私はこれ以上男色の噂を立てられたくないのですっ!」
「安心せい!それはこちらも同じだ!だが今は他に感動を表現する方法が浮かばん!」
「大丈夫です!ここに侍女達はいませぬ!」
まさか自分に抱き付いてくるとは思わなかったダントールは、油断していてあっさり二人に捕まった。
「サヤ!君からも何か言ってくれ……どわっ!それ以上顔を近づけないでいただけますか!トリード殿!」
「アーッハッハッハ!フォンスさんってば人気者ねぇ。妬いちゃうわ。アハハッ」
そしてネスルズの一角に、男達の異様な叫び声と、女の意地悪そうな笑い声が響き渡った。
翌日、一日にしてゲッソリやつれたダントールと、ウキウキお肌つやつやなトリード&バリオスが王宮に出勤してきて、侍女達はまた色々想像したのであった。
要望が多かった、ぽっちゃり大臣とスカル観光地開発のお話でした。