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用無し女の奮闘生活  作者: シロツメ
番外編(通常版)
132/174

スカル観光地開発~とある奇妙な館で

 ネスルズのとあるやかた。手入れなど一つもされていない、半ば廃墟のようなそこに、一人の男がやって来た。

 丸い腹をユサユサ揺らし、門で馬車を下りてから玄関まで20歩かからないというのに、既に息を切らせているその男、名をカルル・トリードという。代々財務大臣にいているトリード伯爵家の中では、宰相を兼任するという異例の出世がしらだ。

 コンコンコンッ

 汗を拭き拭き玄関ノックを叩いてしばし待った彼を出迎えたのは、最近少しだけ存在感の出てきた、エンダストリア歴代最高の宮廷術団筆頭術師、ルーゼン・バリオスだった。

「……一体何の御用でしょう?」

いぶかしんだ表情のバリオスが問う。

「随分な言い方ではないか、バリオス殿。ここは暑い。ちぃと中へ入れてはくれぬか」

「当やかたには、貴重な資料や実験材料がいたる所にあります故、あまり人を入れたくないのです」

「おお、そういえば以前もそう言うておったな」

「ええそうですとも。あなたが謁見で、"責任を取ってもらえば良いではないか"と私にサヤさんを押し付けようとした時ですね」

トリードがしれっと言うものだから、バリオスは顔を引きらせた。

「もうずっと前の話ではないか。特殊な知識も特技も持たずして召喚されたサヤの安全を確保するには、誰かと婚姻させるしかなかったのだ。貴殿は色事より魔術が好きだからな。不埒ふらちな真似はせんと信用して言ったのだぞ」

「後からなら、どうとでも言えますわな……、あっ!ちょっと!!」

トリードは、どうあっても入れまいと渋るバリオスを押し退けて、勝手に中へ入っていった。

 遮光しゃこうカーテンで薄暗く、足元の見えにくい館内は、身震いしたくなるほど気味が悪い。

「……これは何だ?」

「ヒゲトカゲの尾を乾燥させたものです。毒があるので触らない方が……」

トリードはびっくりして飛び退いた。その拍子に彼の後ろにあった人体模型がガチャリと揺れる。

「ひぃっ!貴殿は何故このような物ばかり持っているのだ!」

「何故と?ヒゲトカゲの尾の毒は、アカハラサソリの毒を中和させるのです。年間数人ですがサソリの被害にっている人がいますからね。薬として実用化する方法を探っているのです。人体模型は基本でしょう。治療魔術をかけてはいけない状態の者にかけてしまっては、逆効果になりますから。人体のことをしっかり知って見極めなければなりませぬ。ああ、カーテンは開けぬよう、お願いしますよ。日光でいたむ物もあります故」

当然とばかりに説明するバリオス。トリードは早くもここへ来たことを後悔した。







 バリオスはニヤニヤしながら仕切りに地下へ誘ったが、トリードは断固として拒否し、2階の殺風景だが実験材料の置いていない部屋へ案内させた。

「ここは私の寝室です。私以外に人間が入ったのはあなたが初めてですよ」

「含んだ言い方だな。人間以外なら……いや、やっぱりそう」

「可愛いものにばかり目をやっていてはいけませぬぞ?現実というみにくいものも見なければ、他民族との共存など出来ませぬ」

「ほう?私がここへ来た理由を分かっておったのか」

トリードは感心して、バリオスが入れた薄い紅茶をすすった。

 バリオスは感情面に限って言えば幼い部分があるが、それをおおって余るほどの広い知識がある。新しい道具を開発するにしても、それを大量生産した時や、実際使った時のメリットとデメリット、広く受けるかどうかという流通に関する予想を、綿密に立てることができるのだ。スカルの観光地開発をするに当たり、双方で特産品等の土産物を考えなければならないトリードは、そんなバリオスに智恵を借りに来たというわけだ。

 「まあ、ネスルズの土産物は地の力を蓄えた鉱石と魔術を使えば、どうとでもなる。問題はスカルなのだ。見て珍しく美しい物ならあるが、持って帰れる物となるとなあ。族長殿もアルトス殿も、良い案が浮かばんらしい。私はこの毛玉など可愛いと思うのだが……」

トリードはそう言って、鞄に付いている白い飾りを見せた。

「それは何か動物の毛皮ですかな?」

「そうだ。向こうのうさぎは真っ白でそれはそれは可愛いのだよ」

毛玉に頬擦ほおずりをする太った中年男に、バリオスは数歩後ろへ下がった。

「ご婦人方には受けそうですね。しかし売り物にするのはやめておいた方がよろしいでしょう」

「何と!どこが駄目なのだ!?」

トリードは信じられないと言った表情で、バリオスがせっかく空けた数歩分を詰め寄った。

「……少々離れていただけますか?私はディクシャール殿のように男色の噂を立てられたくありませんので」

「安心せい、私も彼と同じ目にはいとうない。あれはすさまじかった……。サヤとディクシャール殿でダントール殿を取り合っているとか言われておったな。しかし、何故侍女達は男のディクシャール殿を応援したのだろうか。」

「さあ?よほど暇なのでしょうな。わざわざややこしい方の色恋沙汰話を求めるということは」

 トリードがようやく離れて座り直すと、バリオスはベッドに腰掛け、ため息をついた。

「さて、何故毛玉が駄目かという話でしたな。理由は乱獲らんかくを誘発しかねないからです。この毛玉に人気が出て、人々がたくさん買えば、それだけ多くのうさぎを狩らねばなりませぬ。食料とする以外の目的で狩るのは、あまり良いとは言えませんでしょう」

「ふむ……値段を上げて、大量購入しにくくするのはいかがか?」

「それでは貴族ばかりが買いあさってしまいます。庶民にスカルを浸透させたいのであれば、意味を成さなくなりますよ」

「……存外難しいのだな、観光地開発というのは」

 トリードは頭を抱えた。スカルに仮の宿泊施設を作らせ、船便の手配も整い、後は特産品だけなのだ。

「……サヤさんに聞いてみてはいかがですか?また変わった案を出していただけるやもしれませぬ」

「おお!そうだな!……ああしかし、サヤは先日妊娠が判明して、スカルから戻ったばかりだぞ。悪阻つわりもあると聞いている。迷惑ではないだろうか……」

一度浮かび上がったトリードだったが、思い出した問題に再び沈んだ。

「迷惑など、今更ではありませぬか。サヤさんは身篭みごもる前であっても、きっと迷惑そうな顔をするに決まっています。そして、眉をひそめつつも結局は真剣に考えてくれましょう。彼女はそういう人ですから」

バリオスの言葉に、トリードは指をいじりながら上目使いで口をとがらせた。

「……そうは言っても妊娠中の女子おなごは気が立っておるから苦手なのだ。貴殿もついて来ては……」

「嫌です。妙な噂を立てられたくありませんので」

「そこを何とか!」

「だが断るっ!」

 しばらく押し問答が続いたが、結局サヤの案を聞いてまたこの館に来るのは二度手間だというトリードの懇願こんがんに、バリオスが折れる形で話はまとまったのだった。


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