里帰りと称した惚気話(4)
家に戻ると、フォンスさんは何故か不機嫌だった。無理矢理置いて行ったのがそんなに気に食わなかったのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
「ねえ、何があったの?」
側でルーナちゃんに絵本を読んであげていた芋ニートに聞いてみる。
「お前なあ……。フォンスに何かプレゼントするなら、同じ物をもう一つ用意しなきゃ駄目だろう。」
「はあ?」
意味が分からず聞き返すと、芋ニートは顎でお義父さんの方を示した。
「あ……。」
何と、お義父さんが着ていたのだ。私が作ったダウンベストを。
「まさか、あれをお義父さんに取られたから……?」
「そうだ。似た者親子だからな。物はよく取り合いになるんだ。たいていフォンスが折れるんだが……お前の手作りだからって、今回は喧嘩になっちまった。ダントール家に嫁いだら、それくらい知っておかなきゃ駄目だろうが。」
いや、んなこと知らんがな……。二人が一緒にいるところ見たのは、この里帰りが初めてなんだから。何だかフォンスさんが、自分の境遇をすぐ諦めて悟ったような感じになったのは、昔からお義父さんに欲しい物を譲ってきたからなのかも、という気がしてきた。
「フォンスさん」
「……サヤ、すまん。せっかく作ってくれたのに……。」
拗ねた感じのフォンスさんに話し掛けたら、彼は怒っているというよりは悲しそうな声で答えた。
「お義父さんも気に入っちゃったのね?」
「ネスルズでは使わんだろうと言って……だが親父にくれてやるつもりで持って来たんじゃない。こちらに帰った時、自分で使おうと思ったんだ。こんなことなら、向こうに飾っておけば良かった…!」
拳を握りしめて悔しがるフォンスさんには悪いが、それだけは本気でやめて欲しい。この人なら額に入れて飾りかねない。
「大丈夫よ。もっと凄いプレゼントが出来そうだから」
「……何だ?」
顔を上げたフォンスさんは、まるでしょぼくれたゴールデンレトリバーだ。くぅっ……萌える!
「あのね、赤ちゃんが出来たみたい」
内緒話をするように耳元で小さく言うと、フォンスさんの動きが止まった。
5秒ほど間が空いたと思ったら、彼は恐る恐る私の両肩を掴んだ。
「……ほ、本当か……?」
「ええ、さっき占いば…じゃない、族長の奥さんに見てもらったもの。船酔いは、悪阻だったみたい」
「……ぅぉぉおおおっ!!」
「え"っ?」
いきなり唸ったフォンスさんに、身の危険を察知したと思ったら、逃げる間もなく絞められた。
「うげっ!潰されるぅ!」
そう、抱き絞めるなんてもんじゃない。絞められてると言った方が正しい。
「馬鹿野郎フォンス!嫁が死ぬぞ!」
「一体何をやっとるんだ!この馬鹿息子が!!」
「…す、すまん!大丈夫か?」
「うええん、小父ちゃんが怖いよお!」
慌てて芋ニートが止めに入り、お義父さんから拳骨を食らうことで、ようやくフォンスさんは力を抜いた。
芋ニートの奥さんが呆れ顔で泣き出したルーナちゃんを回収しに来たから、私も一緒に、もう一発お義父さんに拳骨を食らっているフォンスさんから離れた。
「フ、フォンスさんが、何だか野生に戻ってるような気がするのは、私だけ?」
冷や汗を拭いながら芋ニートの奥さんに聞く。
「スカルじゃあんな感じよ。だからあの親子は欝陶しいって言ったでしょう。ネスルズでは違うの?」
「うーん、熱血なのは分かってたけど…もうちょっと淡々としてるかな。」
「そう。今更だけど、彼は熱血のくせにムッツリなだけよ。頑張ってね」
おおう、身も蓋も無いな……。本当に今更だ。頑張ろう、私。
そうこうしてる内に、フォンスさんから話を聞いたお義父さんが駆け寄ってきた。
「サヤ!でかしたぞ!とうとうダントール家に初孫がっ!!」
「ええ……みたいですね」
「体を冷やすといかん!これを着ておきなさい」
そう言われて私は、船にいた時と同様、またベストを着せられた。何故私が一番これを着てるんだろうか。
「フォンスさん、これも戻ってきたし、部屋に行こう?」
少しだけ夫婦2人で喜びを分かち合いたくて、私は手を差し延べた。
「ああ!」
私の手を取った彼は、嬉しそうに頷いた。
部屋に入った私は、ダウンベストを脱いでフォンスさんに渡した。
「サヤ、寒くないのか?」
「それ、あなたに着てもらうために作ったのよ?私が着てたら意味ないわ」
「しかし……、冷やしてはいかんと親父も……」
戸惑う彼に、無理矢理ベストを着せる。うん、やっぱりこの色が似合ってる。
「じゃあ、それを着たあなたが暖めてくれたらいいじゃない?」
「サヤ……」
私の提案に微笑んだ彼は、今度は優しく包み込んでくれた。
「……嬉しいよ、サヤ。気の利いた言葉が浮かばなくてすまんが、本当に嬉しい。」
「私もよ。やっとこの世界の人間になれた気分。幸せだわ」
「絶対に守る。君と、これから生まれてくる子供の幸せを守り通す。この世界と俺を、選んでくれたから」
キスしてしばらく抱き合っていたら、どちらともなくクスクスと笑いが込み上げてきた。
それからお義父さんが呼びに来るまで、ずっと笑いが止まらなかった。
はい、タイトル通り、単なる惚気話でした。
番外編はシリアス続きだったため禁断症状が出たのか、サヤ視点になった途端、コメディな要素を入れずにはいられなくなりました。
ははは〜