里帰りと称した惚気話(3)
目を開けると……って何だかこっちでこのパターン多いな。
横でくっちゃくっちゃ音がすると思って見たら、ルーナちゃんが干した果物を食べながら絵本を読んでいた。
「あ……」
目が合うと彼女は口を動かすのをピタリと止め、3秒ほど私と見つめ合った。
「えーっとぉ……」
「お、お母さあん!」
沈黙が気まずくて話し掛けようとすると、ルーナちゃんはバッと立ち上がり、急いで干し果物と絵本を抱えて出て行った。
程なくして芋ニートの奥さんが、ドアの前でフォンスさんとお義父さんを追っ払ってから、部屋に入って来た。
「具合はどう?どこか打ったりしてない?」
「いえ、大丈夫です」
私は体を起こして答えた。
「どれくらい寝てたんでしょう?」
「ちょっとだけよ。さっき夕食を並べ終わったところだもの。あなたがお皿を死守してくれたお陰でね。」
「そうですか……。割れなくて良かったです」
そうして奥さんは廊下を覗いて左右を確認すると、ドアをきっちり閉めて戻って来た。
「男共は下手に騒ぐだろうから、ちょっと私達だけで話してもいいかしら?」
「ええ、何ですか?」
真面目な顔で声を潜めた奥さんに、私は姿勢を正した。
「来る時船酔いしたんですってね。今も続いてる?」
「…吐くほどじゃないんですけど、軽く喉が突っかえる感じがまだ取れてないです」
「そう……。ところであなた、月ものはちゃんと来てる?」
そういえば全然気にしてなかったけど、最近来てないかも。最後に来たのっていつだっけかなあ。式を挙げてしばらくしてから1回あったか。
「……来てないのね?」
私が首を傾げて考える様子で、奥さんは先に悟ったようだ。
「そうですねえ。2回来てないです。規則正しく来てないと、貧血になるんですか?」
「と言うより、もしかしたら、妊娠してるかも」
「へえ……、っええ!?」
思わず奥さんを2度見してしまった。
「船酔いだと思ってたのは悪阻かもね。貧血起こしやすくなることもあるし」
「悪阻って、急に"うっ"とかなって吐きに走るもんなんじゃないんですか?」
「さあ?その辺は人によるだろうけど、私の周りにはそんな大事になる人はいなかったわ」
「はあ、そうですか……」
ドラマの嘘つき!どうしよう、サンドバッグでかなりハードな運動してたぞ。大丈夫なのか?いや、大丈夫だから悪阻が来てるのか。っていうか、その前に本当に妊娠してるのだろうか。この世界に妊娠検査薬とかエコーなんて絶対なさそうだし……。
おろおろしてると、芋ニートの奥さんは私の肩をポンと叩いた。
「妊娠してたら、多分3月目ね。不安になるのは分かるけど、あの熱血漢親子には、はっきりするまで黙っておきなさい。鬱陶しいから」
フォンスさんが実は熱血だってことは、こっちじゃ知られているようだ。しかも親子揃って。
「いつはっきりするんでしょう?」
「明日連れて行ってあげるわ。まだ気分が悪いなら、夕食は食べたいと思うものだけにしときなさい。全く食べないのは駄目よ」
「はい」
何だ、調べる所あるんじゃないか。良かった良かった。
奥さんに連れられて皆の所に行くと、フォンスさんとお義父さんが何か聞きたげにこちらを見たので、「もう大丈夫」とだけ言っておいた。
テーブルに並んでいる中で食べれそうなものを探して、ちょっとげんなりした。まあ、狩猟民族だから予想はしていたのだが……
「丸焼き……ですか?」
「おおそうだ。今朝捕ったばかりだぞ」
お義父さんが嬉々として答えた料理は、でっかい猪のような動物が、形そのままにこんがり焼かれたものだった。
「へ、へえ……凄いですね」
とりあえず全く手をつけないのは失礼だと思って、一切れだけいただき、あとは付け合せの野菜や果物だけ食べた。味は見た目どおり、ワイルドサバイバルという感じだった。
翌日、訝しむ熱血親子にルーナちゃんの相手を押し付け、芋ニートの奥さんに連れられて来たのは、懐かしい族長の家だった。
「スカルでは、子供が出来たかどうか、族長の奥さんが調べてくれるのよ」
なるほど、ベテランの産婆さんみたいなものか。
相変わらずふぉふぉ笑いながら案内する化石じ…族長について行くと、薄暗い小さな部屋に通された。
「お久しぶりです、奥さん。ちょっとお願いしたい子を連れてきたんですけど」
芋ニートの奥さんが壁に声をかけると、それがいきなり動き出した。
「ほお、今回は誰ぞえ?」
この感覚、初めて族長を見た時も味わったぞ……。似た者夫婦なのか?それにしても怖過ぎる。悲鳴を上げなかった私は偉い。
「ダントールさんとこのお嫁さんです」
「よ、よろしくお願いしマス……」
振り返った族長の奥さんは、薄暗い部屋に溶け込むような黒いフード付きの服を着た、皺くちゃのお婆ちゃんだった。まるで魔女のようである。……ん?魔女?嫌な予感……
「ほうかほうか、ではそこに掛けなさい」
「はい……」
私を正面に座らせたお婆ちゃんは、六面に何かの模様が書かれた、サイコロのような物をいくつか取り出した。それを両手で持って、頭上に高々と上げる。
「きえええぇぇぇいっ!!」
や、やっぱりぃ!まともな検査じゃなかった!!
気合の入った奇声と共に、目の前のテーブルへサイコロもどきがぶちまけられる。これは完全に占いだ。
「はっ!こご~っ……」
散らばったサイコロの上に手をかざし、痰を吐くような音を出した占い婆は、目を閉じて何やらブツブツ唱え始めた。
「見えたぞ!」
カッと目を見開き、占い婆は叫んだ。目ぇ閉じるなら、サイコロに書いてある模様の意味ねえじゃん、と言いたいのを、私は必死で抑えた。
「うむ、この女子は身篭っておるぞ」
「は、はあ、そうですか。ありがとうございました……」
頭が痛くなってきて、私は早々に族長の家を出た。
こんなことなら、昨日の芋ニートの奥さんが経験から言ってくれた予想の方が、遥かに信憑性があるというものだ。そう奥さんに言ったら、「族長の奥さんに占ってもらった子供は丈夫に育つのよ!」と返されてしまった。
ともあれ、これでスカル人的には妊娠確実なのだそうだ。かなり怪しい判定の仕方だったが、はっきり妊娠してると言われてしまえば、何となくその実感が湧き、顔がにやけてきた。