里帰りと称した惚気話(2)
私達が来ることを受けて、フォンスさんの実家には近所の人が手伝いに来ていた。
「ニートマス、久しぶりだな」
フォンスさんが家に入って声をかけたのは、彼と同年代くらいの男の人だった。
「よお、元気だったか?」
ひょろっと背の高いニートマスさんとやらは、片手を上げてフォンスさんに応じた後、私を見た。
「それからお前も、あの時はやってくれたな」
「……?」
はて、何のことやら。初対面だと思うが。誰かと勘違いしているのだろうか。とりあえず首を傾げておこう。
「……おい、忘れたとは言わさんぞ」
「えー…、じゃあ初めまして?」
「忘れてんじゃねーか!」
そんな唾が飛びそうな勢いで詰め寄られても、分からないものは分からない。金髪碧眼ではあるが、そんなのスカルにはうじゃうじゃいるし、覚える要素が何もない。
「人妻なんで、ナンパはお断りします。」
「何でそうなる……。俺だって妻子持ちだ。」
「おいニートマス、サヤがどうかしたのか?」
フォンスさんが割って入って、やっとニートマスさんは離れた。一瞬"どこかで会ったよね?"みたいな感じのナンパかと思ったが、どうやら違うらしい。
「……芋だ」
「いも?」
「お前、投げただろ」
芋……芋……おおそうだ!
「芋が当たって、精進が足りない人だ!」
確か戸籍を括りつけたジャガイモもどきを船の甲板から投げたら、誰かに当たったんだ。それを見たお義父さんが、「精進が足りん!」って言ってたなあ、確か。この人に当たったのか。
やっと思い出して、ぽんっと手を打つと、ニートマスさんは顔を引き攣らせた。
「ニートマス!薪がまだ足りんぞ!」
その時、外からお義父さんの声が聞こえ、ニートマスさんはそれ以上私に文句を言うのを断念し、ポケットに手を入れて面倒臭そうに玄関へ向かった。
「…手伝いに来てやったのに、ホント人使いが荒いぜ……」
背中を丸めてチンタラ歩く姿は、繁華街とかで普通に見かける外国人の兄ちゃんで、とてもスカルの狩人には見えない。
フォンスさんを見上げると、私を見て目をパチクリと2度瞬かせた。この仕草は、"何があったのか俺が聞いていいのかな?"って思ってる時のものだ。最近判明したことである。
「ええと、さっきの人はフォンスさんのお友達?」
「ああ、家が近所でな。幼馴染みなんだ」
「そう…。実はねえ、アメリスタに入る時、ちょっと切羽詰まることがあって、咄嗟に船から芋を投げたのよ。誰かに当たったんだけど、どうやらニートマスさんだったみたい」
事の経緯を聞いたフォンスさんは、一瞬ポカンとしたが、すぐにクスクスと笑い始めた。
「それで"精進が足りない"か。どうせ親父が言ったのだろう?」
「うん。向こうはまだ根に持ってたみたいね」
きっとあんなにひょろ高いから、丁度上手い具合に当たったんだ。私のせいじゃない。多分。
夕方からは、ニートマスさんの奥さんも食事の用意を手伝いに来た。8歳になるという娘さんと一緒に。
薪割りを終えたニートマスさんにあれこれ言い付ける様子は、完全なかかあ天下だ。精進が足りんなんて言われるのは、お義父さんが厳しい人だというより、単に彼がそう言わせる雰囲気だからなのかもしれない。何というかこう、フラフラしてて何かと口うるさく言いたくなる感じ。名前からして頼りない。私の中では既に芋ニートと名付けている。
そんなニートマスさん改め芋ニートの娘さんは、お母さんが夕食を作っている間、私の髪をひたすらいじっている。サラッサラの金髪を触りたくて、可愛い髪型にしてあげるとか言って編み込みをしたら、彼女はいたくお気に召したようで、私の髪で練習しているのだ。
「なあルーナ、お父さんも可愛い髪型できるぞ?やってあげ…」
「だめっ!」
案の定芋ニートは娘に思い切り反抗されているようだ。
芋ニートと魔の手を逃れ、ルーナちゃんは暖炉に薪を焼べているフォンスさんの所へ走って行った。
「火の粉が飛んだら大変だ。もう少し離れていなさい」
「はあい」
今度は素直に返事をして、屈んだフォンスさんの背中に隠れる。
「ルーナぁ…」
「うんうん、分かるわ。フォンスさんって素敵なお父さんって感じの雰囲気出してるもの」
「…俺は違うってえのか?」
振られてうなだれた芋ニートはチラリと私を睨みつけた。
「あなたはまあ……芋ね」
「まだ言うか……」
「そっちが言い出したんでしょうが」
「あなた!遊んでないでお皿並べてちょうだい!」
奥さんの声が飛んできて、休憩しようと椅子に座りかけた芋ニートは、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「お前も手伝え」
「はいはい」
丁度ルーナちゃんの相手も終わり、手持ち無沙汰になった私は断る理由もないので、一緒に席を立った。
芋ニートが棚の上の方にある皿を出して渡してくるのを受け取っていると、視界がぼやけだした。頭がスーッと冷たくなる感覚がする。ヤバイ、貧血か……?
どうにも体を支え切れなくなって倒れこむ瞬間、このままいくと後頭部をしこたま打つか、皿が割れて大惨事か、という考えが過ぎった。咄嗟に皿をしっかり抱え込み、後ろに多々良を踏んで壁に背中をぶつけてから力を抜くと、ストンとお尻から落ち、意識が白濁した。
ああ、皿が割れないで良かった……