里帰りと称した惚気話(1)
挙式してから3ヶ月後、フォンスさんに帰郷許可が下りた。終戦に向けてバタバタしていたため、今まで新婚旅行に行ってなかったのだ。
エンダストリアにハネムーンなんて習慣はないが、貴族の中には夫婦水入らずでゆっくりするため、挙式後に旅行する人もいるらしい。今回の帰郷許可は、そんな貴族の一人であるぽっちゃり大臣が、アルトスさんもといお義父さんの希望を受けて、旅行がてら里帰りさせては?とコートルさんに掛け合ってくれたことから下りたものだった。
因みにぽっちゃり大臣といえば、彼は私達が晴れて本当の夫婦になったお祝いに、うさぎのアップリケが付いたサンドバッグを送ってくれた。以前フォンスさん奪還隊で船に乗った時にくれると言った、うさぎの型付きの砂袋のことだ。
最初はボクシングをイメージして、「ジャブジャブッ、アッパー!」とか言いながら、適当にポカスカやっていたのだが、途中から何故かフォンスさんの指導が入り、殴る形だけは様になった。「もっと腰を入れて殴らんと、ラビートは倒せんぞ!」なんて言う彼の熱血コーチっぷりは、私のいない1ヶ月間で何かあったのではないかと勘繰ってしまうほどだった。
そんなちょっぴりハードな新婚生活を送っていた私達は今、スカル行きの船に乗っている。
穏やかな波に乗って、カモメの鳴き声をBGMにのんびり進む船の船長は、トーヤン商人のトリフさん。彼はネスルズに帰った後、ちょくちょくスカルへ出向くぽっちゃり大臣に頼まれて、最近ではすっかり海の男になってしまった。元々商売はお金を稼ぐための手段で、色んな所を巡りたいというのが本望だったからか、今の雇われ船長というのを満喫しているらしい。それにちゃっかりスカル人相手に商売もやってるそうだから侮れない。
「どうした?」
潮風に吹かれながら甲板でぼうっとしていると、フォンスさんが覗き込んできた。
「うーん、ちょっと気分が悪いの。船酔いかな……。前に乗った時は平気だったんだけど」
「それはいけない。中で横になるか?大分空気が冷たくなってきたからな。こんな所にいては余計に体調を崩す」
船酔いなら外の空気を吸った方が良いと思って出たのだが、彼の指示に素直に頷き、船の中へ移動した。
私がこの世界に戻ってからフォンスさんは、少しずつ、ほんの少しずつだけど、自分の思っていることを言葉に出すようになった。ディクシャールさんが言うには、繋ぎ目の穴が空いた時、私がすぐに出て来なかったことが相当堪えたらしい。勿論そんなことを本人に確認したりはしないが、フォンスさんなりに自分を変えようと頑張っているように見えた。
「部屋の中も少し冷えるな……。これを着ておきなさい」
そう言ってフォンスさんが出したのは、嬉し恥ずかし、私が作ったダウンベストもどき。
「も、持って来てたの?」
「ああ、そうだ。スカルで使うものなのだろう?家に置いていても、飾るくらいしかできん」
「いや、お願いだから飾るのは勘弁して……」
脱力しながら頼むと、フォンスさんは首を傾げたが、「サヤが言うなら……」と最終的には頷いた。
生真面目な人に恋愛フィルターがかかると、暴れたくなるくらい恥ずかしいことを、素でポロッと口走ったりやらかしたりするということが、この3ヶ月でよく分かった。要は、私を美化し過ぎなのだ。このベストだって、フォンスが新たに女を作った時に、ちょっとでも罪悪感を感じるように、あわよくばそれで修羅場になっちまえ!なんていうつもりで作ったようなものなのに。今更口が裂けても言えない話である。
ま、そんな彼だから、私のトラップカードにまんまと引っ掛かって、ディクシャールさんや、驚きのトニーにまで迷惑かけて、私は今ここにいるのだが。
乗り物酔いは寝るに限ると、うとうと微睡んでいると、思いの外早くスカルの港に着いた。頬を刺すような寒さも、眩しいくらい白い足元も、前に来た時と変わらないが、一つ違うとすれば出迎えの人達が武器を構えていないことくらいか。
そしてやっぱりあの時と同じくお義父さんが先頭に立って一番に口を開いた。
「フォンス、お前やっと帰って来たのか。結婚の報告の前に嫁が一人で訪ねて来るなど、何と情けない……」
相変わらず身内には厳しいのか、早速お義父さんは息子に苦言を呈した。
「戦中だったんだ。仕方ないだろう?」
「おお、サヤ。よく来たな。君がこの馬鹿息子を助けてくれた上に、戦も終わらせたというのはトリード殿から聞いている。本当にできた嫁だ。今回は族長の家ではなく、我が家に泊まりなさい。さあ、こっちだ」
フォンスさんの言葉を綺麗にスルーしたお義父さんは、私の背中を押して促した。
「そんなに急かさないでくれ。サヤは今船酔いで気分が優れないんだ」
「何と!それを早く言え!……サヤ、吐いてしまった方が楽だぞ?」
「いえいえ、そこまで酷くないんで……」
ううむ、前も親子で似てると思ったけど、こうやって一遍に喋ると、フォンスさんが2人いるみたいだ。
どっちが私を案内するかで少しだけ揉め、結局フォンスさんは大きな荷物を持たなきゃいけないから、軍配はお義父さんに上がった。
数歩後ろをついて来るフォンスさんの顔は明らかに不機嫌だ。淡泊と思いきや意外と独占欲の強い彼は、出会った頃のような仙人並の人格者にはもう見えない。ただの情に厚い、人間の男である。こっちに戻って来てからの彼の方が親近感が湧いて、私は素直に甘えられるようになった。ぶりっ子しなくても"可愛い女"が出来るようになった、ということだ。フォンスさんだけでなく、私も少しだけ変わったように思える。
恋をすると女は可愛くなると言うけど、今まで可愛くない女だった私は、本気の恋をしてなかったのかもしれない。歴代の元彼には悪いが。だって、"心が躍る"とか、"天にも昇るような気分"とか、そういう言葉を、キスや言うとR指定になっちゃうようなことで、「ああ、このことなんだ」って感じることが出来るのだ。ジェットコースターか、フリーフォールか、はたまたバンジージャンプか。
きっとこの絶叫マシーン系な感覚も、月日が経つと共に穏やかになって行くのだろう。それはそれで楽しみだったりする。彼となら、そんな幸せな未来が想像できる。
なーんて心の中で惚気ていたら、族長の所より一回り小さい、煉瓦作りの家が現れた。サンタクロースが入りそうな煙突からは、中で暖炉を焚いているのだろう、煙が立ち上っている。そんなちょっぴり可愛い家の脇には犬小屋がいくつかあり、橇を引くシベリアンハスキーみたいな犬達が紐で繋がれ、耳をピンと立てながらこちらを伺っていた。
ここが、フォンスさんの生まれ育った家なんだ。