I'm not a mountain hermit!!(5)と後日談
アメリスタ公帰還の当日、俺を見たラビートは満足げに頷き、背中を痛いくらい叩いた。普段なら睨むが、不思議と今日は気持ちに拍車が掛かり、笑ってしまった。
そして召喚術が始まり、1ヶ月前と同じ黒い繋ぎ目が現れた緊張の瞬間。少し間が空いた後、最初に出てきたのはアメリスタ公だった。
「向こう側に君の妻はいるよ」
彼はそう言って俺の横を通り過ぎた。
「サヤ…?」
何も見えない闇に向かって呼びかけてみる。
「サヤ、いるのか?」
本当にいるのだろうか。だがアメリスタ公が嘘を言っても意味がない。いるはずなんだ。
「サヤ!」
少し声を大きくして呼んでみても、闇はうんともすんとも言わない。
「返事をしてくれ!」
「お前やる気あんのか?声が小せえんだよ」
黙って見ていたラビートが隣に来て、呆れたように言った。
「サヤ!」
「まだまだ出るだろ!腹から出せ!」
「サヤ!サヤ!…サヤ!!」
呼べど呼べど何も反応はない。すぐ向こうにいるはずなのに。
「サヤッ!!」
目頭が熱い。こんなときに涙が出るなど、情けなくて心が折れそうになる。それでも呼ぶしかなくて、俺は力の限り彼女の名前を叫び続けた。
「皆まで言えと、前も言っただろうが」
ラビートの言葉が聞こえた時、俺の中で何かが切れた。
「黙れうさぎ野郎!狩り捕るぞ!」
「何だとゴラァ…」
ラビートは俺の胸倉を掴んだ。
「そのまま殴れ!」
「あ゛あ゛!?頭がイカレたか!」
「横で妙な指導をされるより気合いが入るんだ!」
もう何だって良かった。一度きりのチャンスだというのに、あがき切る前に諦めそうになる俺の悪い癖を吹き飛ばす、何か衝撃が必要だと思った。
ガッ…!
手加減はされているが、重い衝撃が頬に来た。
「サヤ!!…うっ!」
もう一発来た。こんなぐらいで倒れ込むものかと、俺は踏ん張った。
「戻ってくれサヤ!君がいないと駄目なんだ!私の…」
鳴咽で一瞬言葉が詰まる。
「俺の側にいてくれ!!」
叫び声が闇の中にこだました。それが返って反応のない静けさを感じさせ、とうとう俺は膝をついた。
「頼む…。他にもう何も望まないから、君の人生を俺にくれ…!」
掠れた情けない声で闇に懇願した。
「どっちでもいいから早くしてください!」
バリオス殿が限界を訴える。駄目なのか?もう遅過ぎたのか?一度だけチャンスをくれるんじゃなかったのか?
その時、何かが出てくる気配がした。俺は夢中でそれを受け止め、抱きしめた。
「サヤ…!サヤ…!」
確認しなくても分かる。この匂いと、この感触は、サヤだ。
「ただいま、フォンスさん。」
振り向いた彼女の笑顔に、頭がクラクラした。この笑顔が側にあれば、俺はこの先どんな苦難だって乗り越えられる。
おかえり、俺の奥さん。
胸がいっぱいで言葉にできなかったから、心の中で言った。
☆後日談☆
挙式の直前、サヤの美しい花嫁姿を見て、思わず抱きしめた。照れた仕草はとても30前には見えない。
そこでふと思い出した。
「サヤ、君はどうして本当の年を隠していたんだ?」
「え、何で…、ああトニーがバラしたのね…」
一瞬ギクッとした彼女は、観念したかのようにため息をついた。
「ええと…、男の人は皆、年増より若くてピチピチの方が好きだろうなあって思って…。トニーが勘違いしたのを良いことに、訂正しないでおいたの。でもよく考えたら、お腹の弛みや顔の小皺で、いずれ分かっちゃうわよね…?」
「俺は年や体で惚れたりなどしないぞ。」
「で、ですよね~、ディクシャールさんじゃあるまいし。アハ…、アハハハ……」
白状した理由がいじらしくて、俺は笑って誤魔化すサヤの口を、己の口で塞いで黙らせた。
いかがでしたでしょうか。
ヘタレフォンス編、「I'm not a mountain hermit!!」でした。題名は、仙人なんかじゃない!!って感じに読んで欲しいです。
生真面目に凝り固まったフォンスは、周りに色々背中を押してもらわないと幸せを逃してしまう奴なんです。そんな意図を読み取っていただけたでしょうか?部下のトニーにまで気を使わせちゃってまあ…
トニーが最後フォンスに譲ったのは、サヤを好きだという前に、フォンスのことも大好きだからなんですね。腹を割って話してみれば、頑ななフォンスも心の中ではサヤを大切に思っているということが分かったから、気持ちに踏ん切りをつけ、フォンスを後押ししたのでしょう。
ディクシャールは最後まで食わせ者でした。落ち込むフォンスを奮い立たせようと、思わせぶりなことをすれど、逆に更に沈ませてしまい、慌てて励ます方に方向修正。う~ん、フォンスってば難しい!と思ったんじゃないでしょうかね(笑)
揺れて悩めるブレブレな男心のお話でした!