I'm not a mountain hermit!!(4)
俺とディクシャールは、軍宿舎の裏手まで移動した。今ここは兵士が訓練や勤務に出払っていて、人気はほとんどない。
「ラビートお前…、サヤに惚れたのか?」
前置きさえもどかしくて、俺は単刀直入に聞いた。
「まだ惚れてねえよ。だが、人として認めてはいる。あんな女、滅多に出会えないからな。もしあいつがお前に愛想尽かしたなら、ガンガン食わせて、惚れるには足りない肉を付けてから口説くっていうのもいいかもしれんな」
「…何を考えてるんだ」
「お前にやる気がないなら、俺が貰ってやろうかと考えている」
貰う、というラビートの言葉に腹が立った。サヤは物じゃない。ちゃんと意志のある人間なんだ。……ああ、そうか。俺も人のことは言えない。彼女の意志を問うまでもなく、帰してしまったのだから。ヴァーレイが何故解せないと言って怒っていたのかが、今やっと分かった。
「どうした、黙り込んで。どうせ俺が口説いたところで、サヤがなびくわけないとでも思ってんだろ。」
ラビートは俺の沈黙を勘違いして、不敵に笑った。
「ナメんなよ。確かにあいつにゃ、これっぽっちも男扱いされてない。だがな、俺はちょくちょくあいつの恋愛相談に乗っきたんだ。一緒に寝ているのに襲わんお前を、その気にさせるにはどうすればいいかとかな。アメリスタまでの道中でも、あいつの家族のことも含めて色々話した。」
「そんなに打ち解けていたのか…?」
「そうさ。惚れた男の親友だからか、態度はツンケンしてても、毛嫌いされてるわけじゃない。俺とあいつの間には、妙な信頼関係が成り立っている」
俺は正直気落ちした。ヴァーレイといいラビートといい、いつの間にか俺よりサヤを知っている。
俯いて言い返せずにいると、ラビートは急に俺の肩を突き飛ばした。
「ぐっ…」
俺はバランスを崩して後ろの壁に背中をぶつけた。
「これくらいで落ち込んでどうする?安心しろ、口説くってのは冗談だ」
「……お前、性格悪いな」
睨み付けると奴は更に近づいて来た。
「落ち込む暇があるならもっと焦れ。そんなに痩せこけられたら、周りの俺達が迷惑だ。お前の問題は簡単に解決する。崇高なこだわりを捨てて、明日繋ぎ目の前で"戻れ"と言うだけで良いんだ」
「崇高…?」
聞き返すと、間近まで迫ったラビートは、壁に手を付いて不敵な笑みを更に深める。
「お前は人間だろう?常に正しくあらねばならんことはない。いつまでも悟ったような面してんじゃねえよ。」
その時、バサッという音が聞こえた。二人で音のした方を見ると、侍女が洗濯物の入った籠を落とし、口をあんぐり開けてこちらを凝視していた。
「何見てんだ、コラ…」
「きゃっ!」
ラビートが怪訝そうに言うと、その侍女は短く悲鳴を上げ、慌てて籠を拾い走り去った。
「……、おいラビート。俺達絶対勘違いされてるぞ」
「ちっ…何のために移動したのか分かりゃしねえ」
「お前が近付き過ぎなのが悪いんだ」
これで明日には男色だという噂が立つだろう。俺はうんざりしてラビートを押し離した。
「別れ際に何て言われたか、覚えてるか?」
話は終わったとその場を去ろうとする俺の背中に、ラビートが言った。
「…酷い人だと言われた」
「阿呆、その前が肝心なんだ。サヤは"選択肢も与えないなんて"と言った。お前が戻れと言ったところで、それはあいつの未来を強制したことにはならない。選択肢を与えてやっただけだ。選ぶのはあいつ。お前が選べないように強制したから、酷い人だと言ったんだろう」
俺は…、あの時言っても良かったのだろうか、本当の望みを。言うだけ言ってみても、良かったのか?
ラビートの言葉がスッと胸に沁みこんで来て、でも長い付き合いの奴にそんなことを悟られるのは小っ恥ずかしくて、振り返ることが出来ないでいた。
「……、お前は、結局俺に喧嘩を売りたいのか、膳立てしたいのか、よく分からん」
それを搾り出すだけで精一杯だった。
「俺はサヤがいた頃から、不器用なお前の膳立てをしてきたつもりだぜ。俺が横恋慕すると思ったら、ちったあ焦っただろ?」
「ああ、焦って気落ちした」
「気落ちするな、奮い立て。明日になってもまだ迷ってシケた面してやがったら、本気で不能扱いするからな。」
それでもやっぱり奴の顔は見れなくて、俺はそのまま歩き去った。
その夜俺は夢を見た。変わった夢だった。真っ暗な中、サヤの言葉がどんどん過去に遡って聞こえてくるのだ。
「私の幸せがどんなもので、どこにあるのかは、私が自分で決めるわ。それなのに選択肢も与えてくれないなんて、酷い人ね」
「意気地なし…」
「もうここで大切な人がたくさんできてしまったんです。今更被害者面だけするつもりはありませんよ」
「この匂いが好きなの」
「私は…、家族になったつもりであなたを大切に思っていた。でも、でしゃばり過ぎたら迷惑ですよね?ごめんなさい…ごめんなさい…」
「本当にこのままお嫁さんが来ないんだったら、私が居座りたいくらい」
「フォンスさんの"妻"ですから。本当は、"主人がいつもお世話になってます"くらい言うのが、私の国では普通ですけど?」
「沙弥・ダントールでーっす♪」
「完璧にしようと、色んなことを考えすぎなんですよ」
「敵兵士を殺してもフォンスさんが無事に帰ってきたら、きっと嬉しいと思っちゃいます」
「開き直るんですよ。自分が幸せになれる方を取って行動するしかないと思います」
「もうフォンスさんっていう存在は、私の中に取り込まれてしまってるんです。あなたがいなくなったら、悲しいんです」
「いってらっしゃい、ア・ナ・タ。早く帰ってきてね?」
「それで全て納得、できてるんですか?私は納得できなくて、今悪あがきしてるんです。」
「あなたを信じます。私も新しい人生を見つけられるよう、前向きに考えていきたいと思ってます。協力してくれますか?」
ああそうか、サヤは最初から俺を信じてくれた。その時俺は、新しい人生を見つけるために協力すると約束した。
あがいて開き直って、自分の幸せを取って、俺が彼女の新しい人生になっていいのだろうか。
いや、そうじゃない。なりたいんだ…!