I'm not a mountain hermit!!(3)
「偽装とはいえ、結婚してたのに知らないんですか?」
「何がだ?」
何の話をしているのか分からなくて聞き返すと、ヴァーレイは一瞬唖然とした後、クスクス笑い始めた。
「どうかしたのか?」
「ああいえ、何でもありません…」
「何でもないのに笑うのか?」
眉をひそめると彼は笑いを引っ込め、挑戦的な目をした。
「私は今、初めてあなたに優越感を持ちましたよ。あなたの知らないサヤを、私は知っている」
「……?」
「あなたが腹割って話すなら、教えてあげますよ」
そこでようやく俺は、彼がここへ来た目的を知った。建前や立場を抜きにして、サヤのことを話したかったのだろう。さっき"悔しい"と言った彼は、帰してしまった俺の行動に納得できていないというわけか。
「いいさ、君はもう下級兵士じゃない。それに自らの判断で行動し、敵の諜報員を倒した。アメリスタで救出してくれた借りだってある。一人前の男と認めて、腹を割ろうじゃないか」
そう言うとヴァーレイは嬉しそうな顔になった。そんなに俺の腹の中を知りたかったのだろうか。
「で、何を話して欲しいんだ?」
「サヤの年齢を知った時のあなたの反応を見たいです」
20か21くらいだと思っていたが、違うのだろうか。随分含んだ言い方をするな。まさか、ヴァーレイより下だとでも?それはさすがにいかん。俺はいつから少女愛好者に……。
「…いくつなんだ?」
腹を割ると言った手前、現実逃避をするわけにもいかず、恐る恐る聞いた。
「もうすぐ30だそうですよ。本人が言ってました」
「さん…じゅう…?そうか、30か……」
俺は安堵するあまり、大きなため息をついた。
「何のため息ですか…」
「安心のため息だ。君より下だと言われたらどうしようかと思った」
「それはちょっと危ない趣味になっちゃいますね」
ヴァーレイはつまらなさそうにそっぽを向いた。彼の期待には応えられなかったようだが、俺はサヤの年齢を知って、妙な納得感を持った。
「道理で…。若い割にしっかりしているとは思っていたんだ。料理や生活の智恵が豊富だったからな。それに男が好む仕草や話し方もよく知っているようだった」
「サヤがあなたの前でわざと女らしくしていたの、分かってたんですか?」
「ああ、何となくだがな。いじらしいじゃないか。たまに俺が動揺するようなことを言ってからかったり、悪戯好きなところもあった」
最初の頃の微笑ましい思い出が蘇り、自然と口元が緩んだ。そんな俺の様子にため息をついたヴァーレイは、「惚気ちゃってさ…」と呟いて、空になった食器を片付けだした。
帰る時、ヴァーレイは玄関で一端立ち止まり、振り向いた。
「僕ね、サヤに成長するのを待つ余裕はないって言われました。向こうでも結婚できる当てはないらしいけど、僕じゃ駄目みたいです。求めてるものが違うって……」
「サヤが求めているもの?」
「ええ、あなたみたいな爺臭い人が良いそうです」
「爺……」
予想外の衝撃的な言葉に目を見張った。
「ハハッ、失礼な言葉ですけど、僕が言ったんじゃないですよ。」
軽く笑ったヴァーレイは、どこかすっきりした表情をしていた。
「司令官、好きな女が行き遅れそうになってるのに、黙って手放すんですか?僕なら意地でも手に入れようとしますよ」
「この年になると、意地を張るのは難しい。向こうにいる彼女の家族や友人のことも考えると余計に……」
「…男なら、意地の一つくらい張り通しやがれ」
おおよそヴァーレイには似つかわしくないセリフを聞き、唖然とするしかなかった。
「すみません、調子に乗ったことを言って。でも、意地を張り通してくださいよ。振られた僕には、もう張れないんですから…。お願いします。サヤが僕を選ばなかったことを後悔するくらいの男になりたいんです。戻って来なきゃ、後悔させられない。お願いします」
頭を下げて帰っていく部下の後姿が見えなくなるまで、俺は言葉もなく立ち尽くしていた。
ヴァーレイの意外な一面を見て衝撃を受けた翌朝、俺はラビートを探して捕まえた。明日はいよいよアメリスタ公を帰還させる日だ。まだ迷いはあるが、昨晩衝撃を受けたついでに、こいつの本音も聞いておきたいと思ったのだ。
「ちっ……」
ラビートは俺を見るなり舌打ちをした。
「…別れ際の女に、あそこまで言わせるような不能野郎と話すことなんぞない」
サヤが"酷い人ね"と言って去った時のことか。それにしても随分な物言いだ。
「不能ではない。理性を保っただけだ」
「はんっ」
俺の反論を、ラビートは馬鹿にしたように笑った。
「それで?理性野郎は俺と何を話すってんだ?」
「お前が何故サヤに気を許し、俺に喧嘩を売るような真似をしたのか、真意を知りたい。以前と真逆だからな」
そう言うとラビートは観念したように頷き、辺りを見回した。
「…ここは王宮の廊下だ。女の話をするには目立つ。侍女達の耳に入れば話のネタにされかねん。移動するぞ」
それもそうだ。サヤがいた頃、彼女は噂話に飢えた侍女達の格好の餌だった。
俺はさっさと先を行くラビートの後に続いた。