表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
用無し女の奮闘生活  作者: シロツメ
番外編(通常版)
123/174

I'm not a mountain hermit!!(1)

番外編第2弾は、一人称フォンス視点です。

サヤのいない1ヶ月間の葛藤のお話です。

始まりは、「難関な過程でも結果は単純なもの(8)」の後からです。

 サヤが異界へ帰ったその日、俺は誰もいない居間で独り、明かりも点けずに、ただただ何もせず座っていた。食欲は、全くない。

 彼女と共に住むようになってから、この家の中は随分にぎやかで、温かくなった。置いてあっただけのテーブルには小花柄のクロスが敷かれ、窓際にある花瓶には、まるで彼女の笑顔を思わせるように可憐かれんな花が、いつもけられていた。

 台所には調理器具や食材、スパイス類がきちんと仕舞しまわれ、目を閉じると、今もそこで彼女が夕食を作っているかのような錯覚さっかくとらわれる。コートル殿には以前、「太ったか?」と言われたくらいだ。もう、彼女にすっかり餌付けられたようなものだ。

 「サヤ……」

名前を呟くと、あの鈴のような声で返事が来やしないかと耳を澄ませては、そんな情けない自分に失笑した。

 ふと居間の隅に置かれた、馬鹿でかいうさぎが目に入った。サヤはあれを"ディクうさ"と名付けて、たまに八つ当たっていた。たいていはラビートに何か気に食わないことを言われた時だ。

「あいつは一体どういうつもりなんだ」

声に出すと、余計に腹が立った。普段からサヤのことを"小娘、小娘"と言って突っ掛かっていたくせに、今日のラビートは少しおかしかった。気安く彼女の頬に触れ、俺に喧嘩を売る時はおとこの目をしていた。

「添え膳も食えんだと…!食いたくても食うわけにはいかん俺の葛藤など、知りもしないくせにっ…」

うさぎの胸倉を掴んで持ち上げると、その間抜けな顔をした頭がクテン、と傾いた。物言わぬ人形にまで馬鹿にされた気分になり、俺はうさぎを乱暴に元の位置に戻すと、込み上げるむなしさをこらえて、2階の寝室に移動した。







 2つ並んだベッド。サヤがキートの怖い夢を見て眠れないからと、一緒に寝るようになった。

 この世界に召喚されてから、最初の内こそ王宮で涙を少し見せたが、この家に移ってからは、つとめて明るく振る舞い、逆に俺が悩んだ時は励ましてくれた。そんな彼女が泣いて震えて俺を頼った時、不謹慎ながらも嬉しいと思ったものだ。

 俺が理性と戦っている隣で、何も知らずに眠る愛しい唇に、そっと口づけたことが何度かあった。そうすることで、つかの間だけ満たされ、だがすぐに己の弱さを恥じた。

 そして今日、彼女が初めて自分から唇を寄せてくれた。これほど官能的で悲しい口づけなどないだろう。彼女は「酷い人ね」と言って走り去った。とうとう本当に、愛想を尽かしたのかもしれない。そう思うと、心臓が締め付けられた。こんな経験は、初めてだ。

 手前にある自分のベッドに腰掛け、俺はサヤの痕跡を探そうと、彼女のベッドに手を伸ばした。

「…何か、入っているのか?」

サヤのベッドの枕が、異様に膨らんでいることに気付き、毛布をめくる。

「これ、は…っ!」

現れたのは、くすんだ紺色の、暖かそうな上着だった。中に綿が入っているのだろう、フワフワしている。袖がないから、部屋で寒い時にさっと着れそうだ。スカルのことを考えて作ったのだろうか。

 手に取って広げると、カードがヒラリと落ちた。そこに書かれた文字を見て、俺は目眩めまいを覚えた。

"チャンスは一度だけ"

サヤは俺がこんなになることを予想していたのか?

「サヤ…!サヤ、サヤ!」

何度も名前を呼んで、上着を抱きしめた。少しだけ、彼女の匂いがしたような気がした。







 ろくに眠れず、重い身体を引きずって王宮へ行くと、トリード殿に呼ばれた。彼が最近スカルへよく行き、友好関係を結ぶため、観光地の開発をしているらしい、という噂は耳にしていた。

 「寝ておらんのか?」

開口一番、そう言われた。俺の目の下にくまでも出来ているのだろうか。何もする気が起きなくて、鏡も見ずに来たからな。

「いえ、まあ……少しは」

「嘘をつくな。私は貴殿のことを20年も前から観察しておるのだぞ。下手な隠し立てなどすぐ見抜けるわ」

「……」

"観察"していたのか。見守るのではなく……。

「ふんっ、まあいい。昨日スカルのことを話すと言ったからな。かの地は貴殿の故郷でもある。いずれ詳しく説明せねばならんとは思っていた」

 そうして聞いた、スカル観光地計画の経緯いきさつには、いたる所にサヤの痕跡があった。あの頑固な父の心までも動かすとは、やはり彼女は人をきつけてまない女性なのだろう。いつの間にか彼女を中心に、いがみ合っていた者達が集まって、心を開き出すのだ。無理矢理ではなく、ごく自然に。本人にその意思は全くないのだろうが、逆にそれこそが彼女の最大の魅力だと思っている。

 「先日行って来た時に、アルトス殿からこれを預かった」

トリード殿は鞄から手紙を出した。彼の鞄には、サヤが作ったうさぎの毛玉が付いていた。よっぽど気に入ったのか、夫人には「取られるから」と言って見せず、代わりに他の大臣や、幼い王太子殿下に自慢しているらしい。

「書いてあることは大体想像がつくが、まあ読みなさい」

そう言われて目を通した文面。ほとんどが向こうの様子と俺の健康を気遣う内容だった。そして追伸を見た時、思わず立ち上がりそうになった。

「孫は…まだか、だと…?」

「ふんっ、やはりそう書いてあったか」

トリード殿は予想が当たったかのように鼻を鳴らして言った。

「ダントール殿、アルトス殿はな、貴殿の結婚をそれはそれは喜んでおられた。嫌なことの方が多かったであろうネスルズで、やっと幸せを掴んだのかと」

「父が……、そんなことを…」

「アルトス殿は、サヤを見て、サヤの話を聞いて、貴殿が幸せなのだと思ったのだ。貴殿には貴殿の考えがあるのだろうが、自分の幸せを考えることが、時として他も幸せに出来ることもあると、私は言いたいのだ。親になれば、嫌でも子の幸せを優先しなくてはならん。今の内に、自分の幸せを求めておいた方がいいぞ」

 トリード殿は私の肩を叩き、部屋を出て行った。

「俺の幸せを考える?…しかし、サヤは向こうに家族が……。離れ離れになる辛さは、俺が一番よく分かっているはずなんだ…!」

トリード殿の話を理解しようとすればするほど、突然帰れなくなった時の絶望を思い出し、答えが出ることはなかった。


いやいや、フォンスってばサヤを美化し過ぎですね。恋愛フィルターかかりまくってます。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ