狂想散花(7)
残酷描写あり
薄笑いを浮かべたキートは、抜いた打矢をそのままヴァーレイに投げつけた。それを避けようと、ヴァーレイは床に転がり込んむ。
「そうそう、こないだの玩具は壊れちまったから、新しいのを貰ったんだよ」
キートはナイフが入っていたのとは反対側のポケットから、スタンガンを取り出した。
「それは……」
ヴァーレイが尻を付いたまま後ずさる。キートは更に笑みを深めて思った。そうだ、その顔だ、もっと怯えて見せてくれ!
「あれ、足、どうかした?挫いたとか?」
「うるさい」
一歩一歩キートがヴァーレイに近寄る。
「もう?早過ぎるって。ちんちくりんな女に現抜かしてるから、そんなことになるんだ。」
「…貴様!」
キートは背筋がゾクゾクするのを感じた。怯えも良いが、怒りもまたオツだ、と。
「この玩具はね、ちょっと面倒なんだ。定期的に使えるかチェックしないと、動かなくなるんだって。だから、これを持って潜入した4年前から、エンダストリアで何人かに試してたんだ。本当は先っぽに放電が起こるか見るだけで良かったんだけどさ、実際殺せるか試さないと面白くないだろう?」
「4年…前?」
少しヴァーレイが反応を示したが、キートは構わず続けた。
「そう、4年前。その辺りからネスルズで、何ヶ月かごとに、人が急に死ぬことがあったの、覚えてるかい?王宮で兵士相手にやると面倒だから、一般人に試してたんだよ。同じ死に方だと怪しいから、殺した後に頭をガツンと割って通り魔っぽくしたり、首に縄をかけて自殺っぽくしたり。けっこう大変だったけどね。」
「…自殺じゃ、なかったのか…?」
「ああ?」
突然目を泳がせたヴァーレイを見て、キートは一端語るのをやめた。
「父さんと母さんは……、4年前に二人で自殺したんじゃ…」
「ん?お前の親の顔は知らないが、夫婦揃って殺ったこともあったぞ」
「…う……、うわあああああっ!!」
激情したヴァーレイは、足の痛みも忘れてキートに飛び掛った。だが辛うじて胸倉を掴むも、左腕を負傷したとは言え、エンダストリアで上級兵士だったキートには容易く振り払われてしまう。
「ハハハッ!面白え!お前の親だったのか?」
「許さない!お前だけは絶対に許さない!!」
再び転がり込んだヴァーレイに、スタンガンを構えたキートが圧し掛かる。もがきながらもヴァーレイは懐を探った。
「ああ、最高だ。その感情が欲しかったんだ。満たされるってこういうことなんだな。ありがとう。お礼に親と同じ方法で殺してやるよ」
キートがスタンガンを繰り出した刹那、ヴァーレイもそれを殴りつけるように、小さな板を突き出した。
バキィンッ
板は一瞬で砕け散り、間を空けずにヴァーレイは、一瞬怯んだキートの腹を蹴り上げた。
ヴヴヴヴヴッ……
「がぁ!」
転がったキートの右手に持たれたスタンガンが鉄格子に当たり、流れた電気が床に広がった樽の水を通して、そこに触れていたキートの左腕を襲った。
「な、何だ?」
丁度水に触れていなかったヴァーレイは、不思議な音と共にいきなり声を上げたキートに驚いた。
「くそぅ…」
電気に触れたのは一瞬だったが、キートは左半身が痺れて思うように起き上がれない。ヴァーレイは攻撃のチャンスと分かっていながらも、キートが急にもがき出した理由が分からず、迂闊に近寄れないでいた。
何とか次の手を考えるヴァーレイの目に、上へ持ち上がった鉄格子が映った。その下には倒れこんだキート。
「だあっ!」
ヴァーレイは先程投げ返された打矢を探し、持っていた残りも全てポケットから出して構えると、鉄格子を支える引っかかり目掛けて投げつけた。
1本、跳ね返される。2本、まだ衝撃が足りない。3本目と4本目を同時に投げる。あともう少し…
ガッ…………ヂャンッ!!
3本同時に命中させた時、鉄格子がキート目掛けて勢いよく落ちた。
「あ゛あ゛あ゛ーーー!!」
咄嗟に身を返そうとしたキートだったが間に合わず、動かなかった左腕が床と鉄格子に挟まれた。そのまま視界がぼやけていく。
「トニー!」
薄れ行く意識の中で、キートは声を聞いた。
「トニー、どうしたの!?」
「…姉さん、どうしたらいいんだ?倒したのに……」
「倒した?あいつ…、キートね?」
「父さんと母さんの仇を討ったんだ。なのにまだ、心が晴れない。ムカついてムカついて、堪らない。憎しみがなくならない…!どうしたらなくなる?この腹の黒いものを、どこにぶつけたいらいいと思う?」
「仇って……、自殺じゃなかったの?」
ヴァーレイは涙声だった。キートの目はもう何も見えない。ただ声だけが聞こえる。
「ああトニー…、一人で背負ってはいけないわ。ごめんね、私が放ったらかしにしていたからなのね。これからはちゃんとあなたを見ているから、あなたの苦しみも寂しさも、全部分けて頂戴。ごめんね、駄目な姉さんで、ごめんね……。」
リリシアの声も段々小さくなっていき、キートは意識を完全に手放した。
戦闘シーンに関するご意見は受け付けられません(キリッ)
トニーの両親が4年前に死んだという話は、「年下の扱いは難しいもの(4)」のリリーのセリフに一瞬出てきます。
エピローグあります。