狂想散花(6)
サヤをアメリスタ公の部屋に案内すると、キートは地下へと引き返した。ディクシャールとヴァーレイは必ず来る、そう確信していたからだ。
薄暗い階段を降り、鉄格子の部屋まで着いたが、まだそこには頭を抱えて座り込むダントールだけだった。
「まだ用があるのか…?」
ダントールは顔を上げずに聞いた。
「ええ。でも少し早かったかな。」
キートが首を傾げたその時、階段の方から気配がした。振り向くと、ディクシャールとヴァーレイが、こちらを警戒しながら降りて来た。ディクシャールの腕には、口を押さえられ、青ざめた顔のエマヌエーラ。
「ラビート!ヴァーレイ!お前達まで……」
「ちっ……、だから早く行けって行ったのに」
キートは思わず呟いた。わざといちゃついている所を見せ付ければ、すぐに泣いて部屋へ戻るだろうと思ったのだ。だから嫌いなサヤの腰をもう一度抱いた。だがエマヌエーラは戻らず、廊下をウロウロしていた。そして公爵家の令嬢の顔を知っていたディクシャールは、彼女を人質に取ったというわけだ。
「随分ゆっくりしていると思ったら、お嬢様を捕まえてたんですね。ディクシャール司令官」
「当たり前だ。鍵がなければ、早く来たところで開けられないからな」
「成る程、それもそうだ」
キートは忌々(いまいま)しげにエマヌエーラを睨みつけると、ポケットから鍵を取り出した。
「こちらへ投げろ」
ディクシャールが言うと、キートはそれに従った。ヴァーレイが投げられたそれを拾い、鉄格子の鍵を開けた。
「……開きません」
鉄格子は押しても引いても、ビクともしなかった。
「キート、お前が開けろ」
ディクシャールがエマヌエーラの口を押さえる手に力を込める。あの手にかかれば、彼女の顔など捻り潰せてしまいそうだ。そんな雰囲気を感じたキートはため息をついて、鉄格子の一番下、石の床すれすれの所にあった取っ手を持ち、上に引っ張り上げた。
ガッコン……
軋んだ大きな音が響き渡り、鉄格子の一部が真上にスライドした。
「下がれ」
キートがまたディクシャールの指示に従うと、ヴァーレイが中に駆け込んだ。
「ダントール司令官!大丈夫ですか?」
「ああ、すまない。ありがとう」
ヴァーレイの手を借りてダントールが鉄格子の外に出ると、キートは不敵に笑った。
「それで?お嬢様を抱えたまま逃げるんですか?目立って無理だと思いますよ。」
「阿呆、まだ回収しなくちゃならん奴が2人残っている。いつまでも貴族の小娘なんぞ連れて行けるか」
「そうですか。でも開放した瞬間を俺が見逃すとでも?」
キートはこの時点でもまだ余裕の表情だ。ディクシャールが顔をしかめた時、ヴァーレイが前に出た。
「僕が彼を止めます。お二人は先に行って、サヤと姉さんを…」
「ヴァーレイ、一人は危険だ」
ダントールが険しい顔でそれを制す。しかしヴァーレイは首を横に振った。
「上には護衛の兵士達がたくさんいます。そっちの方が一人では無理です。ここには僕だけが残ります」
「ハハハッ!下級兵士が、俺を一人で押さえるって?」
「早くっ!!」
キートの嘲笑を振り払うように、ヴァーレイは叫んだ。ダントールとディクシャールは顔を見合わせ、「すぐ加勢に戻る!」と言い残して、階段を上っていった。
「さて、まずはお前を倒さなくちゃいけないわけだけど。どうやって殺して欲しい?」
キートはポケットに手を突っ込んで、ブラブラと辺りを歩きながら言った。
「……」
「何か言えよ。俺はお喋りが好きなんだ。普段も、戦う時もね。挑発して、相手の怒りを買えば買うほど楽しくなるんだ」
ヴァーレイは歯を食いしばるだけで何も返さない。そんな彼の様子に、つまらない奴だ、とキートは思った。
「お前、そんな無口な性格じゃなかっただろ?まあいいさ。面白くないけど、普通にいくぞ」
言い終わるか否かの瞬間、キートが走った。素早くポケットからナイフを取り出し、ヴァーレイに向かって繰り出す。
「おらおら、避けてるだけじゃ、意味ねえだろ」
キートから何度も繰り出されるナイフを、ヴァーレイは必死にかわした。段々二人の位置が入れ替わり、彼は奥に追いやられる。そして咄嗟に近くに置いてあった樽を、思い切り蹴飛ばした。
バシャンッ
樽に半分ほど入っていた水がぶち撒かれ、キートは後ろに飛び退いた。その隙にヴァーレイは小型の打矢を取り出し、構えるキートに駄目元で投げつける。
「ぐぅっ……」
キートは避けなかった。投げた3本の内、2本が彼の左腕に刺さり、もう一本は……
「来るなエマ!」
振り返らずに叫んだキートの後ろに、頬を浅く切ったエマヌエーラがいた。地下から出てすぐに開放された彼女は、キートが気になり戻って来たのだ。
「邪魔だ!早く行け!」
「あ、私……、わ、たし……」
中々動かないエマヌエーラに、キートの怒りは沸点を超えた。
「貴族の恋愛ごっこに付き合ってる暇なんかねえんだよっ!こっちは毎日毎日、命懸けてんだぞ!!」
キートの怒声が響き、エマヌエーラの目から涙がこぼれた。だが、彼女はすぐにそれを拭い、身を翻した。
「ジグモンドさんに知らせてくるから、死なないで!」
そう言い残して彼女が去ったのを見届けたキートは、右手のナイフを捨てて、左腕に刺さった打矢を引き抜いた。
「ううっ……、邪魔が入ったけど、大丈夫さ。大将は俺を助けになんて、きっと来ない。さあ、二人で遊びの続きをしようじゃないか」