世の中所詮そんなもの(8)
婚姻の手続きを最大限省略できるよう、国王様の許可をもらった後、私とダントールさんは、未だに騒然としたままの謁見の間を出た。
「待て、ダントール!」
歩きながら振り返ると、ディクシャールさんが追いかけてきていた。
「ダントール!」
ダントールさんは歩みを止めず見向きもしない。
「フォンス!おいっ!」
追い付いたディクシャールさんはダントールさんの肩を掴んだ。そういえばダントールさんの名前ってフォンスだったな。普段は名前で呼び合う仲なのだろうか。
「……」
何も言わず首だけ振り返ったダントールさんに焦れたのか、ディクシャールさんは私達の前に回り詰め寄った。
「何を考えているんだフォンス。救世主じゃないんだぞ?ただの用無しだ。こんな小娘相手に婚姻までする必要など…」
「俺はそういう言い方は止せ、と言ったはずだ」
ダントールさんは静かに制した。しかしディクシャールさんは止まらない。
「理解できん。そこまで取り計らわずとも、いっそ消して何もなかったことにした方が早い」
それって昨日予想してた中で一番最悪のパターンじゃない。国王様も大臣達も言わないから油断していたけど。どうやらこのディクシャールさんが私の敵No.1らしい。
「…まだ言うか、ラビート。それ以上はいくらお前でも許さんぞ」
地鳴りのような声でダントールさんが言った。私のために怒ってくれているのだけど、横で聞いていても物凄く怖い。彼は絶対怒らせてはいけないタイプ。長年のOLの勘がそれをひしひしと告げていた。
「…っ…勝手にしろ。小娘、お前の存在がこいつの任務に少しでも影響してみろ。俺が即刻叩き出す」
別にディクシャールさんと結婚するわけでもないのに、そこまで言うか。何か言い返さないと気が済まない。
「叩き出されたら、巷であなたの噂をあることないこと流しますよ」
ここで私が言い返すとは思わなかったらしい。歩き去ろうとしかけたディクシャールさんは私を凝視した。
「ふん…俺に流されて困るような疚しいことはない」
「話ちゃんと聞いてました?"ないこと"も流しますよ?噂なんていくらでも作れる」
「何だと?!」
おお、怒ってる怒ってる。男が女に口で勝てると思うなよ。
「ああ、それから、あなたラビートさんて名前だったんですね?」
「…それがどうした」
「あなたの名前、私の世界では、あの可愛い"うさぎ"って意味なんですよ。ではご機嫌よう、うさぎさん」
本当はラビートじゃなくてラビットだけど、そんな細かいところはここじゃ誰も知らないし。
ダントールさんを「行きましょ?」と促して部屋に戻る背中に、うさぎさんこと、ディクシャールさんの大人気ない叫びごえが聞こえた。
「貴様ーーーっ!」
ああスッキリした。
「君は…私が最初に感じた印象とはその、少し違うようだ」
ディクシャールさんが見えなくなってから、ダントールさんは遠慮がちに言った。
「この世界に来て最初は、誰が敵で誰が味方なのか分からなかったので、大人しくしていた方がいいと思ってたんです。でも…さっきのが本当の私です。こんなのが奥さんになるなんて、幻滅しました?」
私の告白に、ダントールさんはふっと笑って「いや、そんなことはない」と答えた。
「ラビートが失礼なことを言った。不快だっただろう?すまない」
「そりゃ不快に決まってすよ。でも、代わりに謝るくらい仲が良いんですね?」
2人とも会話の中で"俺"と言っていた。砕けた仲だというのは容易に想像できる。
「ラビートとは同期なんだ。性格は正反対だが、何故か馬が合う」
「ああ、ディクシャールさんは激情型って感じですよね」
「そうだな。だがそれ故に売り言葉に買い言葉で、人の本性を暴いてしまうのだ」
まさか…いきなり出て来た女が友人のダントールさんと結婚するからって、わざと私を怒らせて本性を出させたとか…?。
「さっきのってもしかして、ディクシャールさんは私の本性を見るためにわざとあんな言い方したんですか?」
「普段の奴からしたら言い過ぎなところがあったからな。多分半分は本気で半分はわざとだろう。だがああいうやり方は女性には酷だと思って私は止めたんだが…止められなかった」
やられた…!とんだ食わせ者だ。ただ闇雲に怒鳴り散らしただけじゃなかったのだ。でもそうでなけりゃ、軍で幹部になどなれないだろう。
「うさぎめぇ…!」
「その"うさぎ"というのは面白いな。熊に例えられることはあったが…。ラビートは相当な衝撃を受けたはずだ」
クックッと笑うダントールさんを無視して、私は拳をワナワナと握りしめながら、次にディクシャールさんと会ったら何と文句を言ってやろうか考えた。