狂想散花(2)
翌朝キートは、ダントールがまだうつらうつらしている間に、さっさと朝食の用意をしていた。
「どうぞ、柔らかい方が好きでしょう?」
干し肉を焚火で軽く炙って、ようやく目を覚ましたダントールに差し出すと、彼は怪訝そうに首を傾げた。
「……君は、私が嫌いなのだろう?」
「気を使われるのが理解できないって?まあ、嫌いですけどね。旦那様の屋敷に着くまでは客人として接しなきゃあ、後で怒られますから。それに……」
キートはダントールに干し肉を無理矢理渡し、自分も口に入れた。
「夜になると、人って本性が出るもんじゃないですか。昼間じゃ言わないようなことも口走っちまうことって、ありませんか?特に昨日は月が出ていた。あの光に当てられると、心が解放されるんです。満月の時なんか、まるで狂想曲を奏でているような気分ですよ。」
うっとりしながら語るキートを、ダントールは「意味がよく分からない」と言って相手にしなかった。
焚火を消して森を抜け、閑散としたアメリスタの南村に差し掛かっても、キートは何かにつけてはダントールに話しかけた。
「あの花はアメリスタにしかないもので、黄色から赤に変わると、毒を持つようになるんですよ。何だか少女が女になる時の過程を連想しちゃいませんか?無垢が色を変えて醜い毒を持つ。ま、その毒もけっこうオツですけどね」
「…君は想像力が豊かなのだな」
「そうですか?何でも人に例えると面白いですよ。あ、この鳥は変わっててね、雄が少ないから、雌が子種を独り占めしようと、他の雌を卵ごと攻撃するんです。まるで愛人と妻の修羅場ですね。」
ダントールが理解できなくてもお構いなしに、キートは喋り続けた。
元来キートはよく喋る性格だ。好奇心も旺盛で知識は浅く広い。だから話題に事欠きはしない。それがアメリスタでもエンダストリアでも、相手と親しくなって情報を聞き出すのに役立っていた。
「よく喋るな。」
「ええ、皆に言われます。俺を育てた奴なんて、"口を糸で縫い付けてやりたい"ってぼやいてるくらいですよ」
キートは四角い顔の髭もじゃ男を思い浮かべた。物心つくかつかないかの頃から、自分を諜報員にするべく鍛え上げた男。あの頃は生きるか死ぬか、そんな生活を送っていた。それほどあの男の訓練は厳しかったのだ。
「育てた?アメリスタにご両親はいないのか?」
「捨て子ですから、俺は。拾った奴が軍幹部でね。餓鬼だった俺が、そいつから最初に教わったのは、人の殺し方ですよ。あまりに厳しいから、ずっと喋り続けておべっか言ってました。余計に殴られましたけどね。」
暗い生い立ちを、キートは飄々(ひょうひょう)と肩を竦めて語った。
ダントールは何か考えるように地面を見つめながら歩いている。
「どうしたんですか、黙り込んじゃって。可哀相って、思ってます?」
キートはそんなダントールに、おどけた口調で聞いた。
「あ、それかちょっと似てるって思いました?あなたは捨て子じゃないけど、死にそうなところを軍人に拾われてしごかれた、という件は同じですもんね」
「コートル殿は、子供相手に殺し方から教えるような人間ではない」
「でしょうね。だからエンダストリアで俺は有り得ないくらい昇格が早かった」
キートがエンダストリア軍に潜り込んで最初に思ったこと。それは"甘い"だった。厳しいと噂される第3隊の訓練など、彼にしてみればお遊戯同然に感じられた。
「…何が言いたい?」
「怖いなあ、怒らないでくださいよ。昇格は早くても、サヤには女だと思って油断しちゃって、2度もしてやられましたからね。俺もまだまだです」
あの失敗はキートにとって痛かった。心理的に相手を揺するという得意なお喋りが、逆に油断を招いたのだ。サヤとヴァーレイを殺すことは任務に入っていなかったから、わざわざ怒られるために失敗の報告などしないが、彼は相当に悔しい思いをした。
「では君があっという間に昇格したような軍の司令官である私に、アメリスタは何の用があるというのだ?」
「詳しくは聞いてませんがね、多分引き抜きのお誘いでしょう。あなたの戦における咄嗟の判断力と、潜在的な身体能力は、アメリスタでもかなり評価が高いんですよ。それにあなたがいれば、スカルを引き込む口実にもなる。雪と獣しかなくても、エンダストリアと手を組まれたら困りますから。ただこれは俺の予想なんでね、話は屋敷に着いてから聞いてください」
そう言うとキートは前方を指差した。
閑散とした村の奥に長い塀が続いていた。アメリスタ公爵の屋敷である。
「一貴族の屋敷にしては大きいな」
「住居自体は普通より少し広い程度ですよ。他に色々企むための施設が敷地内にあるんです。じゃないと、エンダストリアに内緒で異界の武器を作るなんて、無理ですからね」
「そうだったな」
ダントールは興味なさそうに返事をした。
あんなに面白い玩具を作る施設に食いつかないなんて、とキートは思った。あの黒い小さな物を人に押し付けるだけで、大きく痙攣し、一瞬で死ぬ。相手から伝わるその瞬間的な衝撃で、キートは自分の中に生を感じ、満たされた。
「せっかく説明してあげたのに、つれない返事ですね。まあ良いです。さっさ行きましょう。エンダストリアで指名手配されてから、潜伏期間が長過ぎて、俺もいい加減疲れました。早く休みたい」
「ならその口を少しは閉じろ」
「はいはい」
そこから二人は黙って足を速めた。