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用無し女の奮闘生活  作者: シロツメ
孝行と不孝の章
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孝行したい時に親はいないもの(3)

 お酒もあらかた空いて、アメリスタ公は言葉の分からないTVに飽き、葡萄ぶどうのチューハイ片手に私の携帯をいじっている。彼は今テトリスに夢中なのだ。色んな形のブロックを、後先考えながら組み上げていくこのゲーム、私は苦手で、やり方教えようと一段消すために何段も使ったが、一応領主として色々お勉強はしてきたのであろう彼は頭が良いのか、飲み込みが早くてあっという間に私より上手くなった。

 「急だったから大したもてなしも出来なかったけど、けっこう楽しんでもらえてるみたいね」

お母さんは5本目のビールを飲みながら言った。彼女は私以上に酒に強く、ザルだ。酔っているところを見たことが無い。

「そうね。葡萄のチューハイも気に入ったみたいだし。アレばっかり飲んでるわ」

「もしかしてモリタン、ワインの薄いやつと思って飲んでるんじゃないかしら。ほら、グラス持ってるのって似合いそうだと思わない?」

「全っ然」

外国人なら誰でもワイングラスが似合うと思ってるんだろうか。アメリスタの気候は温暖だから、彼の肌はエンダストリア人より若干白めで、イタリア等のラテンヨーロッパ系に見えなくもないが、常時まとっている万年中間管理職の雰囲気で相殺されてしまっている。

 「ねえ、お父さんってどんな人だったの?」

私がふと思いついて聞くと、お母さんはビールを飲む手を止めて私を見た。

「あんたがそんなこと聞いたの、初めてね」

「うん…、昔は生活するのに必死だったから、気軽に聞ける雰囲気じゃなかったし」

「そうね。私も悲しんでる暇なんかなくて、極力思い出話はしなかったからねえ」

あの時は、聞けば無い物ねだりをしてしまうと思って、子供ながらに気を使っていた。他の小さな我侭を言うことはあっても、再婚する気の全くないお母さんに、"皆みたいにお父さんが欲しい!"なんてことは口が裂けても言えなかった。

「お父さんはね、真面目しか取り得のないような人だったわ。そういう人は好みじゃなかったから、何度か振ったんだけどね、本当にしつこかった」

「…しつこいって、結局結婚したくせに」

お母さんはアーモンドチョコをつまんで、クスリと笑った。

「そうよ。結局熱意にほだされて、結婚したのよ。決め手は家まで押しかけられた挙句に、泣きながら懇願こんがんされたことだったわ」

「そんなに惚れられてたんだ」

「私といると楽しいんですって。ほら、私って何でも面白くて楽な方に考えちゃう性格だから。真面目一本槍のお父さんの周りには、そういう女が他にいなかったんじゃないかしらね。」

お母さんは私と違って、周りを巻き込む明るい性格だ。そういえば小学6年の時、卒業前最後の給食費を払うのに少し足りず、延滞していると言って回収に来た先生にお母さんは、"貧乏過ぎて笑っちゃいますよね?"と払える分だけ渡しながら、本当に笑っていた。先生は顔を引きつらせて帰ったが、結局は後で足りない500円を自腹で足しておいてくれた。それが私には恥ずかしくて仕方なく、こんなひねくれた性格になったのはひとえに貧乏のせいなのだが、グレなかったのはお母さんの底抜けに明るい性格があったからだと思う。

「お父さんは死ぬ前まで真面目だったわ。私とあんたを残してくことを、"ごめんね、ごめんね"って酸素マスク付けながら泣いて言ってた。死ぬ時くらい、自分のこと考えなさいよって思ったわ」

「…そっか……。何だかお母さんが再婚しなかったのが、今分かった気がする」

「あんた、新しいお父さんが欲しかったの?」

私は苦笑して首を横に振った。

 初めて聞いたお父さんは、フォンスさんと少しかぶった。親子で似たような性格の人に惹かれたのかな。

「お母さん、私が向こうの世界で好きになった人はね、生真面目糞真面目の馬鹿正直なんだ」

「あら、お父さんみたいね」

奇妙な偶然だ。無意識に父親を求めていて好きになった人は、お母さんが好きになった人と同じタイプだった。

「顔はハリウッド映画に出てきそうなくらい男前よ」

「ああ、そこはお父さんとは違うわねえ」

「その人の同僚には、父親がいないから、爺臭じじくさい彼を求めるんだろうって言われた」

ディクシャールさんの見解を聞いたお母さんは、コロコロと笑い出した。

「心理学者みたいなこと言うのね。それもあるかもしれない。ずっと寂しい思いをさせてきたと思ってるもの」

「恥ずかしいこと言うけどさ、運命の人だって感じたの。でも…、彼は真面目で頑固だから、私はこっちで幸せを見つけるべきだって言う。"愛してる"って言ったくせに」

鼻の奥がツンとして、目頭が熱くなった。これじゃ向こうの世界へ行きたいとお母さんに言っているのと同じだ。でも、誰かに聞いて欲しくて仕方がなかった。

 ダン!とテーブルから音がしたと思ったら、目の前に缶ビールが置かれていた。

「飲みな」

「え?」

簡潔な一言に聞き返すと、お母さんはニヤッと笑ってもう一本缶を開けた。

「私達は無駄に肝臓強いから、酔って嫌なこと忘れるなんて出来ないけど、とりあえず飲め。今ウダウダ言っても仕方ないでしょ。その運命の相手が本当にうちのお父さんみたいな人だったら、間違いなくしつこいわよ。まだもう一回向こうと繋がるんでしょ?」

「…お母さんを捨てて行けってこと?」

「馬鹿ね。そんな話は相手から"やっぱり戻って来い!"って言われてからしなさい。そりゃ目の届く所で幸せになって欲しいわよ。でももういい年してんだし、あんたの人生はあんたの物なの。それを私が送り出せるか引き止めちゃうかは、実際その場になってみないと想像もつかない。だってそうでしょう?自分の娘と引き離される、しかもそれが違う世界だなんて、誰にも前例がないことだわ。全く分からない問題はね、最初の直感が一番正しかったりするの。テストの選択問題だって、そんなものじゃない」

「何よそれ。テストと一生のことをごっちゃにするなんて…」

 私が自分の幸せとお母さんの心配で迷っているように、お母さんもまた、自分の愛情と娘の幸せの間で迷っているようだった。

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