孝行したい時に親はいないもの(2)
このマンションの住民は一人暮らしの若者が多く、平日の昼間は人がほとんどいない。私の部屋は2階の角部屋だったが、お陰で怪しいことこの上ない外国人のアメリスタ公を、誰にも見られることなく1階まで連れてくることが出来た。
「この辺で良いですか?」
通じないことは分かっているが、一応言いながらこじんまりした花壇の前まで案内した。
「*****、***」
アメリスタ公は何かを言って花壇の一部を指した。
「ああ、パンジーの横が良いんですね。」
彼が選んだのは黄色の可愛い花だった。
周りに人がいないことを確認し、スコップ代わりのスプーンで穴を掘って、そこに遺骨の入った箱を埋めた。手を合わせようとすると、アメリスタ公は握った右の拳を胸に当てて目を瞑った。向こうでの祈り方なのだろうか。森田さんは日本人だが、どっちを望んでいるかは本人にしか分からない。私は普通に合掌して、「ご両親を捜す時間はないけど、どうか成仏して下さい」と祈った。
下手にご近所さんに見つかって通報されたら、パスポートも何もないアメリスタ公は即行で"署までご同行願います"だ。しんみり浸っている彼の腕を引いて、早々に部屋へと戻った。
「母が戻るまで暇ですよね。テレビでも見ますか?」
私はポカンとしているアメリスタ公の前にあったリモコンを取り、電源を入れた。
「どぅわあっ!***!*****!?」
丁度お昼の情報番組がやっていて、彼はいきなり画面に映った人間に驚きの声を上げた。
「あ、そっか。アメリスタに電気はあっても、電波飛ばしてないからテレビはないんだ。ってか家電全般ないか。」
説明してあげようにも言葉が通じないから、興奮気味に何か聞いてくるオッサンを放置して、私は久しぶりのテレビを見た。こちらでは1日しか経ってないから、当然話題にはついていける。今やっているのは、最近人気のグルメスポットの紹介だ。ドラマやお笑い番組よりは食べ物の方が、アメリスタ公にも分かりやすいだろう。
「あー、ラーメン食べたい…」
前は塩派だったが、背脂こってり豚骨ラーメンが映ると、無性に濃厚で高カロリーのそれを啜りたくなった。
「***?****?」
「…通じないって分かってんのに、何で色々聞いてくるかな、この人は。ああ、お母さん、ついでにラーメン買って来てくれるといいな」
度々(たびたび)肩を揺すられて、意味の分からないことを喋りかけられるのを少々面倒に思いながら、買い物に行ったお母さんの帰りをひたすら待った。
お母さんが買って来たのは、スナック菓子やチョコレート、願いが通じたのかカップラーメン、何種類かの惣菜、それからビールやチューハイだった。
「酒缶しかないとか言っておいて、お母さんが買い足してるじゃない」
「だって、この人の好みが分からなかったのよ。若くはないし…ジュースよりは良いと思ったの」
どうやら酒類は私のためではなく、アメリスタ公に買ってきたようだ。
「私、丁度ラーメンが食べたいって思ってたの。お湯沸かすから、お母さんは座ってて。何か喋りかけられるけど、分からなかったら放っておいていいから」
「放っておくって、お客さんじゃない。それは駄目よ」
私は説教を聞き流し、ポットに水を入れて火にかけた。
3つのカップラーメンにお湯を注ぎ、出来上がってからテーブルに持って行くと、お母さんとアメリスタ公が何やら身振りを交えながら喋っている。本当に相手をしてくれていたようだ。
「アヤヤ!***、**?」
「え?何て言ったの?モリタン」
「ちょっと待って!どんな呼び合い方してるのよ!?」
聞き捨てならない単語を耳にし、私は慌てて二人の会話を止めた。
「何よ、彼の名前が長いからニックネームを付けただけじゃない。ついでに私もあややで良いわって言ったら、ちゃんと呼んでくれたのよ。あんたも邪険にしてないで喋ってみたら?けっこう気さくな人よ」
確かにお母さんの名前は亜弥だが、50過ぎて自分をあややと呼ばせるのはやめて欲しい。
「あややってね、歳を考えてよ…」
「サヤヤ!*****?」
「はあ?私はさややなの?」
「**。サヤヤ」
頭が痛くなってきた。どっと疲れが出たが、とりあえずくだらない呼び名の話でラーメンがのびたら大変だ。
「もう何でも良いわ。私も向こうでは外国の名前と顔を覚えるのに、あだ名付けまくってたもの。そんなことより、さっさと食べましょう」
テーブルにカップを並べ、アメリスタ公にはフォークを渡し、さっきから食べたくて仕方のなかったラーメンを口に入れた。豚骨じゃなくて醤油だったけど、カップ麺をこんなに美味しいと思ったのは初めてだ。
「アヤヤ、****!」
「あーはいはい、美味しいのね?日本のラーメンを初めて食べた外国人ってたいていそう言って喜ぶのよ」
アメリスタ公はラーメンを気に入ったようで、麺をパスタのようにクルクルとフォークで巻いて、ニコニコしながら食べていた。お母さんとの会話もしっかり成立しているようだ。
ラーメンを食べ終わると、次はお酒やお菓子、そして惣菜類を開けた。この頃にはもうオッサンからさややと言われて肩を叩かれようが、母親があややと呼ばれてキャッキャ言ってようが、全く気にならなくなってきていた。慣れとは恐ろしいものだ。以前の私が会社の上司に同じことをされたら、冷ややかな視線を浴びせていただろう。
こうして私達3人は、次の穴が空くまで、プチパーティーをして過ごすことになった。