難関な過程でも結果は単純なもの(8)
バリオスさんの宣言後、ぞろぞろと10人ほどの術師が入って来た。
「私が来た時より、人数増えてませんか?」
確かここで目を覚ました時は、バリオスさん含めて5人くらいだったと思う。
「サヤさんの時はぶっつけ本番でしたし、繋ぎ目をよく見る余裕もないまま手に触った物を引っ張り込んだのであの人数でしたが、今回は飛び込める状態かどうか見極めなければいけませんから、前の消費魔力を考えるとこれくらいの人数が妥当だということです」
バリオスさんは指で術師達に配置の指示を出しながら答えた。
「よく見ずに引っ張り込んだって……」
だからあの時、帰還方法は分からないと言ったのか。私が思い付いたこの方法は、本当に単純なことなのだ。頭の良いバリオスさんが一瞬で気付いてもおかしくないもの。だが魔力消費が想定以上に激しかったのだろう。その場で確認できない、後で考える余力もない状態で、防御壁を張るという次の任務に就かされた、といったところか。まあ、彼が最初の時点で気付いたとしても、救世主でもない私を帰すために、こんな大掛かりな術を使う許可が下りたとは思えないが。
「おいワイス、お前こないだはやってくれたな?」
「ひいっ!」
ディクシャールさんが術師の一人に近付いて小突いた。
「あの人がディクシャールさんを国境で跳ね返した人ですか?」
横にいたフォンスさんに尋ねたら、苦笑された。
「ああそうだ。対人恐怖症なのだが、実力は次期筆頭術師と言われている。ラビートはその落差の激しいところを気に入ったようだ」
「可哀相に……」
ワイスさんはディクシャールさんの魔の手をくぐり抜けて、涙目になりながらフォンスさんの後ろに隠れた。
「それで、フォンスさんが匿ってあげる役なんですね?」
「いつの間にかそうなってしまったよ」
背中を丸めて、目を泳がせながら震えるワイスさんはまるで、虎に狙われた子うさぎようだ。ああ、ディクシャールさん相手なら、肉食の大うさぎに狙われた子うさぎか。
「ディクシャール殿、あまり部下をいじめないでください。ワイス君、君の配置はそこではありません。こっちです」
耐性のついているバリオスさんはさっさとディクシャールさんを止めて、ワイスさんを位置につかせた。
「ディクシャールさんって、子供の頃、絶対好きな女の子に意地悪して追い回してたでしょ……」
「その考え方でいくなら、俺がお前を好いているということになるが、良いのか?」
ディクシャールさんがニヤリと性悪な笑みを浮かべて返した内容を想像したら、思わず悪寒が走った。
「前も言いましたけど、もしそうなら熨斗紙付けてお返しします!」
「ほう?それは残念だな」
彼は何故か私ではなく、フォンスさんの方を見て言った。
「ふん…」
フォンスさんは鼻を鳴らしただけで何も言い返さず、ディクシャールさんから視線を逸らした。
「皆さん良いですか?それでは術師以外の方はは一端離れて下さい。」
いよいよ世界と世界が繋がるのだ!
「大地の天鵝絨、全てを退け」
術師達の内の半分が唱えると、部屋の中心に2m辺くらいの防御壁がいくつも重なって現れた。
「これ、防御壁の呪文だったんですか?何だか短過ぎて意外……」
「短いが故に、発動させるのが難しいのですよ。全ての音に魔力を込め、発動した後も集中力を保たなければなりません」
へえ、そんな凄い術を無理矢理やらせてはぶん殴ってたのか、性悪うさぎは。ワイスさんの対人恐怖症って、もしかするとそれが原因だったりして。
「透く気、生かせし素、触れ得ぬ間、此の時を止め、姿を留めよ」
防御壁が組み合わさって、大きな箱型に張られると、残った半分の術師が呪文を唱えた。
「そしてこれが治療術の応用です。壁の中の空間を止めて、固体に変えます」
これもバリオスさんが説明してくれたが、見た目は変わったような気配はない。透明な空気を固めても、目には見えないということだろうか。
「次に私が最も威力の高い攻撃魔術を、壁の張られていない下からかけて、固めた空間を壊します。これで穴が空いて世界が繋がるのです」
「要は、部屋の壁をぶち壊して、隣の部屋と繋げる、みたいな感じですか?」
魔法陣使って"エロイムエッサイム…"とかやるのかと思ってたけど、実際はかなりワイルドな力技のようだ。
「まあ、そんなところです。ただ、空間はすぐに元に戻ろうとしますから、空いた部分を固定するためにすぐさま全ての術を解き、繋ぎ目の時を止める術を全員でかけ続けなければなりません。空間の穴は通常の物体とは違いますので、ここで相当の魔力を消費してしまいます。1分はもちません。その間に飛び込んで下さい」
バリオスさんは、危険が増すからと、皆を更に下がらせ、何やらブツブツと唱え始めた。彼が手を突き出して一瞬の間が空いた後、ゴゴ…と鈍い音がしたと思ったら、防御壁の中の石でできた床にヒビが入った。その刹那、そこから赤い光を放つ液体がぶくぶくと溢れ出す。
「何、あれもしかして、溶岩?」
火山の噴火で出てくるアレだ。魔術には地の力が要るだけあって、やっぱり最強の攻撃魔術は地底のものなのか。
溶岩は何か見えないものをぐいぐいと押し上げるように、その領域を増していく。ぶち壊すと言うよりは、溶かしていくという感じだ。
やがて溶岩が箱の中全てを飲み込むと、バリオスさんは突き出した手を下ろした。すると、溶岩はみるみる内に床のヒビへと戻っていき、最後にはそのヒビを埋めるように固まった溶岩が少し見えた。その上の空間は、深い深い闇。
「今です!」
バリオスさんの掛け声と共に、皆が術を解いたのか防御壁が消え、新たに呪文を唱え始めた。空いた穴の時を止めているのだろう。後少しで元の世界へ帰る…!
私は事の成り行きを見守っていたフォンスさんの前まで行き、その胸倉を掴んで引き寄せた。
「サヤ…?」
少し屈んだ彼はキョトンとしている。
「私の幸せがどんなもので、どこにあるのかは、私が自分で決めるわ。それなのに選択肢も与えてくれないなんて、酷い人ね」
そのまま彼の首に腕を回し、体重まかせにぶら下がって、愛しい唇に口づけた。
「サヤさん!」
バリオスさんの呼ぶ声が聞こえ、私はフォンスさんを突き飛ばすように振り返った。家に恥ずかしいトラップを仕掛けた上、たった今、私の人生で最高に大胆なことをしたのだ。相手の反応なんて確認できるわけがない。
「行きますよ!」
アメリスタ公の手を引っ張って走る。目の前の闇から向こう側は見えない。でも、何となく懐かしい雰囲気を感じた。
「サ、サヤ…、私達はここに飛び込むのか?」
不安げなアメリスタ公。でも、きっと大丈夫。
「死なば諸共!」
私はそう叫んで、アメリスタ公の手を掴んだまま闇の穴へダイブした。
「そんな言葉、縁起でもない!」
最後にバリオスさんの非難げな声が聞こえた気がした。