難関な過程でも結果は単純なもの(7)
いよいよ帰還の日。フォンスさんと一緒に王宮へ行くと、まずは客室に通された。
「やあ、元気にしていたかい?」
そこには相変わらず当主の威厳が全く感じられない、アメリスタ公がいた。横には側近らしき人が2人ほど付き添っている。こっちの方が多少なりとも威厳がありそうに見えた。
「はあどうも、お久しぶりです」
「私の同行については聞いているかな?君に任せても良かったのだが、やはりご先祖様の願いは、子孫である私の手で叶えてやりたいと思ってな」
もっともらしい理由を述べてはいるが、態度はウキウキで、遠足前の小学生みたいだ。もう少し神妙な顔ができないものだろうか。
「ええ、聞いてはいますけど、テーブルに置いてらっしゃる箱はもしや…?」
「ああ、これが遺骨だ」
おい、小さい物と言っただろうが。どう見ても頭蓋骨が丸々入っても余裕な大きさだ。
「…あの、お屋敷でも申し上げましたが、あそこは私だけの敷地じゃないんですよ。というより部屋を借りてるだけなんで、本来なら勝手に物を埋めるだけでも駄目なんです。花壇の隅にでもさっと埋められるくらいの大きさでないと、下手すりゃ私は向こうで死体遺棄か何かで逮捕されてしまいます」
私はこめかみをヒクつかせて説明した。
「そ、そうか…。これでも半分にしたのだが、せめて頭は入れておかなければと思って詰めたらこの大きさに……」
やっぱり頭蓋骨が入ってたのか。帰れなかった森田さんには同情するが、うちのマンションを墓地代わりになんぞされたら堪らない。
「一番小さい骨1本だけにしてください」
「なぬっ!?それはあまりにも……」
「異議は認めません。常識で考えて下さい。自分の住んでる所を墓地にされたくないんで」
私の据わった目を見てようやく焦り出したアメリスタ公は、側近達とヒソヒソ相談を始めた。
「フォンスさん、質が良くて、手の平に収まるくらいの小さい箱って用意できますか?」
「ああ…、探してみよう。少し待っていなさい」
しばらくしてフォンスさんが持ってきたのは、小さいが、見た目が中々豪華な箱だった。
「指輪等の小さな貴金属を保管するものなのだが、これしかなかった」
「丁度良いですね。ありがとうございます。公爵様、どの骨にするか、決まりましたか?」
遺骨の箱を開けてまだ側近達とブツブツ言っていたアメリスタ公はこちらを向いて、新たに用意された箱を見た。
「一番小さいものは小指だが…、その大きさだと、3本は入るだろう?」
「……、この箱に入るなら、3本でも構いませんよ」
「そうか!では早速」
箱の中は空洞ではなく、白くて柔らかい布の張られた台がはめ込まれていて、指輪が差し込めるよう、真ん中に切り込みが入っている。アメリスタ公は小指の関節ほどの長さの骨を3本、その切り込みに差し込んだ。
Q太郎の毛みたいだと思った。森田さんも自分の遺骨がまさか、白い頭に生えた3本毛みたいにされるなんて、思ってもみなかっただろう。
「では、行こうか」
アメリスタ公は満足げに箱の蓋をパタンと閉じた。
やって来たのは私が召喚された時にいた、肌寒い地下の部屋だった。そこには既にフォンスさんの信頼する愉快な仲間達、バリオスさん、ディクシャールさん、コートルさん、ぽっちゃり大臣がいた。
「良かった、何も挨拶できないまま帰ることになるのかと思いましたよ」
私は少し安堵して言った。皆忙しいと聞いていたから、のこのこ王宮に出向いて挨拶するなんてできなかったのだ。
「サヤ、今思えば君を召喚したのは手違いではなかったのだろう。公爵が目的を果たして帰還すれば、長く続いた戦争も対立も終わる。儂らでは出来なかっことだ。君は立派な救世主だ」
コートルさんは口髭を触りながら私を労った。
「そんなことはありません。前にも言ったでしょう?誰一人欠けても成功しなかったんです。私はただ、がむしゃらに走っただけ」
「そうだとしてもお前の功績は大きいぞ。がむしゃらだが、その健気な必死さが伝わったからこそ、アルトス殿が我々の話を聞いてくれたのだ。」
ぽっちゃり大臣はそう言ってフォンスさんをチラリと見た。
「…父に、会ったのか?」
視線を受けた彼は、少し驚いたように私に聞いた。
「ええ、スカル側からアメリスタに入りましたから。すんなり通してもらえなかったんで、勝手に嫁宣言して来ちゃったんです。このままお別れなら、帰郷した時は上手く言っておいてくださいね」
「ダントール殿、スカルのことは今私が動いておる。長くなるからな、後で話そう」
「そう…ですか……」
フォンスさんはまだスカル観光のことを聞いていない様子だった。次に帰郷した時、少し大変かもしれないな。
「ディクシャールさん、喧嘩ばっかりだと思ってたけど、結局はお世話になってばっかりでしたね。ありがとうございました」
周りより一回り大きなその人に近付くと、彼は少し微笑んだ。この人が表情筋を緩めて微笑むと、目尻が下がって、信じられないくらい優しい表情になるのだ。見たのは今回で2度目だが、1度目はあまりにも衝撃的で、ツンデレか?なんて言ってしまった。
「惜しい女だ。もっと肉が付いてれば完璧なのにな」
ディクシャールさんは私の頬を摘んで引っ張った。豊齢線が伸びるっつーの。
「ラビート!乱暴な真似をするな!」
別に痛くはないのに、フォンスさんが慌てて止めに入った。そんなに頬の皮が伸びていたのだろうか。
「ああ?お前の女じゃねえだろ。添え膳も食えんくせに」
「何だと…!」
「痛い痛い!指に力入ってますってディクシャールさん!」
フォンスさんと睨み合うことに気を取られたディクシャールさんは、私の叫びを聞いてバツが悪そうに手を離した。
「赤くなってますね。治療術をかけましょうか?」
「…わざと言ってるんですか?老けるので結構です」
ちっとも心配してなさそうなバリオスさんの申し出はすっぱり断った。
「サヤさんがついて来てくださらないので、仕方がないから自分でヴァーレイ君に聞きましたよ。ドキドキしました」
「…当たり前のことです。人見知りなんて、子供じゃないんですから」
「相変わらずキツイですねえ。エレクトリックガード(仮)3号は、一瞬で砕けてしまったそうです。次の課題は強度ですね」
今回でアメリスタと和解すれば、作る必要もなくなると思うのだが。まあ本人がやりたいのであれば放っておこう。
「では、ただ今より召喚術を執り行います」
バリオスさんは皆に宣言した。