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用無し女の奮闘生活  作者: シロツメ
孝行と不孝の章
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難関な過程でも結果は単純なもの(6)

 お互い何も言えずに、ただ見詰め合っていると、窓から眩しい光が射し込んだ。夕日がちょうど真横に来たのだ。私はネスルズの街並みに、半分ほど隠れたオレンジ色の太陽を見た。

 「夕日は好きか?」

そう言って、フォンスさんも私と同じように窓の外を見つめた。

「いいえ」

私は静かに否定した。

 ロマンチックなんて糞食らえ。すさんだ心にみて痛い。

「雄大なものを見ると、それが美しければ美しいほど、自分のやっていることがむなしくなるんです。何に悩もうが、何を頑張ろうが、太陽は何も変わりはしない。人は所詮無力だって、思い知らされる。時々、出口のない迷路に吸い込まれたような気分になります。何やっても無駄なんじゃないかって……」

「無駄なものか。君の行動で国が動いたじゃないか」

「フンッ……」

鼻から意地の悪い笑いが出た。失笑だ。フォンスさんの言葉に対してじゃない。自分に対してだ。

「好きで動かしたんじゃありません。私は軍人でも政治家でもないんですから、自分の欲しいもののためにしか動きません。世界平和のために動くほど、出来た人間じゃない。アメリスタ公と交渉したのは、欲しいものを守るため。でも結局手に入らないから、空しくなる」

 フォンスさんが私をじっと見るのが分かった。でもあえて、それに視線を合わせることはしなかった。どうせここで私が何を訴えても、簡単に考え方を変えるような人じゃない。変える時は、自分で考えて考えて、そして初めて変える。そういう性格なのだ。私にできるのは、彼が考え直すようにトラップを仕掛けること。

 「…すっかり暗くなっちゃいましたね。好きなのバレちゃってたなんて、ちょっと恥ずかしいですけど、こうやって二人で暮らせるのも最後になるかもしれませんから、しんみりした話はこの辺にしましょう。夕食の支度をしますね」

私は逃げるように台所へ向かった。







 もうそろそろ寝る時間。フォンスさんが部屋に来る前、私は出来上がったダウンベストもどきに添えるカードを書いていた。脈なしだと思っていた時は、お世話になりましたとか、ありがとうございましたとか、そういうありきたりなメッセージを書くつもりだったが、想いが通じ合っているとなれば話は別だ。どうせこのトラップが失敗すれば、もう会えない人なのだ。向こうの世界での私なら絶対書かないような、小っずかしいことを、堂々書いてやる。

 "チャンスは一度だけ"

一言だけの短いメッセージを書き終え、恥ずかしさに顔をしかめた。こんなの、本当にフォンスさんが引っかかってくれなきゃ、相当な自意識過剰の痛い女だ。込めた意味は、"バリオスさんが回復する1ヶ月の間、私がいないのが寂しくて仕方ないのなら、取り戻すチャンスはアメリスタ公帰還時の1度切りよ。"ということだ。

 うわあ、痛い…。フォンスさんが考えを変えるほど寂しがってくれる自信は、正直言ってほとんどない。世界の違う人に残すメッセージだからこそ、こんなことが書けるのだ。まるでドラマに出てくるセクシーな悪女気取りである。まあ良い。旅の恥は掻き捨てということで……

 ベストもカードも、今見られるわけにはいかないから、さっさとベッドの下に隠した。何食わぬ顔で毛布にくるまっていると、フォンスさんが入って来た。

「今日も一緒に寝てくれるんですか?」

彼のベッドがきしむ音がしたので、私は背中を向けたまま聞いた。

「嫌か?」

「嫌じゃないですけど、最後なのにどうせ…、抱いてくれないんでしょう?」

「最後だから抱けない。軽はずみなことを言ってはいけないよ」

非難めいた私の言葉に、フォンスさんは淡々と答えた。彼はただ、先の見えない相手に体を許すな、ということが言いたいのだろうが、その落ち着き過ぎた口調が、私の女としての自信を失わせていく。

「意気地なし……」

何でもっと可愛い言葉が出てこないのだろう。こんなのだから、今まで変な気起こしてもらえなかったのかな。

 ベッドが数回音を立て、私の体が少し傾いた。フォンスさんがこちらへ寄って来た気配がする。そして顔の半分を隠していた毛布を少しめくられ、耳にチクッとしたひげの感触がした。

「愛している」

囁かれた言葉に全身が震えた。お腹がギュッと締め付けられて、この一言に体中の血が、喜び踊るように駆け巡る。

 この人が欲しい。

 この人が欲しい。

 この人が欲しいっ!!

言ってしまえば逆に私が襲ってしまいそうだ。

 私は邪念を振り払うように、毛布を頭までしっかりかぶった。それをどう取ったのか、フォンスさんは毛布越しに私の頭を数回撫で、自分のベッドへと戻って行った。

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