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用無し女の奮闘生活  作者: シロツメ
孝行と不孝の章
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難関な過程でも結果は単純なもの(4)

 大きな布を広げられる机がなかったので、余っていてフォンスさんが入りそうにない部屋の床を綺麗に拭いた。ここが作業場だ。布の上に綿を敷き、そこに10cmほどの等間隔に線を引いた布をかぶせて、線にそって縫った。キルティングというよりは、ダウンのイメージで作りたいのだ。まっすぐ縫うだけの単純なこの作業に、けっこう時間がかかった。何せミシンがないから手縫いなのだ。男の人が着るサイズの布は大きくて、最初は他の物にすれば良かったと後悔したが、無心で縫っていくと、もうすぐフォンスさんとお別れだという寂しさを一人で悶々と耐える必要もなく、あっという間に4日が過ぎた。

 前身ごろとか、そういうパーツの型紙を自分で取るなんて無理だから、二つに折ってサイドを縫い合わせ、エンダストリアの貫筒衣みたいにした。肩の飛び出したところや首周りの不恰好な部分を切り取って、ふちと裾をほつれないように縫ったら、だいぶダウンベストに近い形になった。首周りに同じ綿の入った立襟たてえりと付けたのは、ちょっとした愛情だ。6日で完成したダウンベストもどきを抱きしめながら、スカルの家の暖炉でこれを着てくつろぐフォンスさんを想像し、束の間の満足感に浸った。これを着たところが実際に見られないのが、唯一の心残りだった。

 7日目。リリーに挨拶をしに行った。他の従業員達が完成した豆腐料理を私に試食させようとするのを、「戻って来ないと食べさせない!」とリリーが意地でも阻止していた。そんな彼女を貰ってやる宣言したサーヤルさんは、トニーのことが落ち着くまで嫁にするのは待つらしい。彼は今まで散々待ってきたから、多少延びても全然構わない、と言って笑った。

 家に戻ると、トニーが玄関の前で待っていた。聞けば彼は召喚術を使う場には立ち会えないらしく、わざわざ会いに来てくれたそうだ。

「…もう、会えないのか?」

リビングに招き入れて紅茶を出して一息つくと、彼はテーブルをじっと見つめたままポツリと言った。

「そうね…。戻るかどうかは、私の意思で決めて良いことじゃないと思うの。異界人の私は、受け入れてもらう立場だから、フォンスさんが何も言わないなら、大人しく向こうに留まるべきなのよ」

「僕に受け入れさせてはくれないのか?やっぱり年下は頼りない?」

顔を上げたトニーは思いつめた表情をしていた。

「トニーは頼りになる人だわ。たまに年下ってことを忘れるくらいだもの。私の求めているものが、他人ひととちょっと違ってるだけ」

「サヤは…、何を求めてたんだ?」

再び彼は視線をテーブルに戻した。

「フォンスさんのお父さんっぽいところかな。ディクシャールさんは爺臭じじくさいって言ってたけどね。私、お父さんってどんなものなのかあまりよく知らないのよ。きっと、私が無意識で作り上げていた父親の理想像と、恋人の理想像が融合して、そこにフォンスさんがすっぽり当てはまっちゃったんだわ」

私は言いながら、昔興味本位で占い師にご縁を見てもらった時のことをふと思い出した。結果は"父親の星が大きいせいで、他の男の星が極端に少ない"だった。その時はよく意味が分からず、とりあえず私は出会いが他の子より少ないだけなのだと、特に気にしていなかった。今思い出すと、あれは私の恋愛感を表していたのかもしれない。それでやっと出逢えたフォンスさんが駄目だったのなら、向こうに帰って他の恋を探そうにも、中々上手くいかないだろう。

 その時、手を触られる感触がして我に返った。トニーがカップを持った私の両手を、己の両手で包み込んでいたのだ。

「僕、司令官奪還について行ったのが評価されて、昨日上級兵士に昇格したんだ。これからもっと頑張って、どんどん昇格して、爺臭くなる!」

「ええ?」

突拍子も無い宣言に、昇格おめでとうと言うことを忘れた。

「僕は寂しいことや辛いことがあった時、甘えられる人を探すことでやり過ごしてきた。でもダントール司令官は甘えたりせずに、一人で辛いことに立ち向かってきたんだ。だから僕も同じように頑張るから、もう少し待って。戻ってきて僕を見て」

「…素直に甘えられるのは、あなたの良いところよ。フォンスさんの真似をする必要はないわ。それに、フォンスさんの跡を辿っていては、あなたはいつまで経っても彼の二番手で終わってしまうわ」

「女は二番目に好きな男と結婚した方が幸せになれるって、食堂のサーヤルが言ってたぞ」

「…ぷっ」

トニーがムッとした顔で最後に言った説に、思わず噴き出した。それならリリーはきっと幸せになれるだろう。

「ああ、ごめんトニー。馬鹿にしたわけじゃないのよ。自分を押し殺してまで頑張らなくても、あなたはきっとフォンスさん以上に良い男になれるわ。まだ若いんだから、そのままのあなたを愛してくれる女の子が現れるはずよ」

「…サヤも若いだろ?」

「私?この世界では誰にも話したことなかったけど、もうすぐ30よ」

今更知られても構わないと思い、サバ読みをカミングアウトすると、私の手を包んでいた彼の指が緩んだ。目と口をポカンと開ける姿に、社交辞令じゃなく本当に21、2歳だと思っていたのだと分かった。

「もうそんなに若くないわ。だから、若いあなたの成長を長い目で見ていられる余裕はないわね。まあ、向こうに戻っても結婚できる当てはないけど、フォンスさんが目に入ってしまうこの世界にいるのは辛いのよ」

 トニーは目を潤ませて唇をかみ締めた。多分私の年増宣言に衝撃を受けたからではないだろう。本当の年齢を隠していたことか、"成長を見ている余裕はない"と言ったことのどちらかにショックを受けたのだと思う。でもここで色々弁解して良い人になることはしない。彼が姉のリリーという最大の理解者を得た以上、他の男にうつつを抜かす私に固執しない方が良いに決まっている。

「僕は…、君になら神に誓っても良いと思ったんだ。君を悲しませない。君を残して死なない。誓いを守るためならどんな試練にも耐えてみせるって」

「…私に言ったら勿体無いセリフね」

「そんなことないさ。でも、君が僕と一緒になることを幸せと思ってくれなきゃ、誓っても意味がないよな」

そう言ってフッと笑ったトニーは、おもむろに立ち上がった。納得して帰るのかと思い、私も席を立つと、彼は何故か玄関ではなく私の方へと歩み寄った。

 「トニー?…うわっ!」

目の前が暗くなって、私は彼にきつく抱きしめられた。

「君が好きだ」

耳元で熱く囁かれる。

「歳なんてどうだっていい。好きなんだ……」

切ない耳の痺れを感じて、泣きたくなった。この優しい少年を友達以上に思えたら、どんなに楽だっただろう。でも振る側の私が泣いてはいけない。私が返せる言葉は一つだけ。

「ありがとう」

彼は少し体を離すと、すばやく顔を近づけてきた。一瞬、口の端ギリギリの所に掠めるような柔らかい感触を感じた。

「僕はダントール司令官を超える。絶対、君が後悔するくらいの男になってやる。覚えてろよ」

大よそ天然天使には似つかわしくない、三流悪役の捨て台詞みたいなことを言い放ったトニーは、私の返事を待たずに出て行った。

「…何で振られる側が悪役やるのよ…」

私はしばらくその場に呆然と座り込んだ。

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