難関な過程でも結果は単純なもの(3)
召喚術を行うのは1週間後だ。それまでに、私は何か形に残る物をフォンスさんに渡したいと思った。ネスルズで簡単に買えるようなものでは駄目だ。でも自分で作るとしても、出来ることは限られている。
悩んでいた時、ふと毛玉が目に入った。ぽっちゃり大臣が作ってくれと言っていた、白いうさぎの毛玉に紐をつけた飾りだ。とっくに完成していて、後は召喚術を使う日に王宮へ行くから、その時に渡そうと思っていたのだ。
「そうだ…、スカルで使える物にしよう。ネスルズとの和解が進んだら、きっと帰郷する回数も増えるだろうし」
私は寒い時にあったら便利で、自分で作れるレベルの物を考えた。マフラー、手袋、セーター。どれも作ったことはあるが、暑いネスルズに毛糸がホイホイ売っているわけがない。布と布の間に綿を入れた、厚手のベストが限界だろう。上手くいくかはやってみなくちゃ分からない。
私は布と綿を買いに街へ出た。
入ったことのない生地屋さんの前でうろうろしていると、肩を叩かれた。
「何行ったり来たりしてるの?」
「リリー…」
久しぶりに会った。恋敵をやめると言ってから、彼女が朝に訪ねてくることはぱったりなくなったのだ。
「布と綿が欲しいんだけど、入りづらくて……」
「ふうん。何か作るの?」
「ええ。元の世界に帰る日が1週間後に決まったの。だから、フォンスさんに何か形に残る物を渡したいなって思ったの」
リリーは驚く代わりに黙って私を見詰めた。
「…どうしたの?黙っちゃって。あ、ちゃんとあなたにもさよならは言いに行く予定はしてたわよ。」
「そんなの言わずに行ったらダントールさんの家で暴れてやるわよ。そうじゃなくて、あなたこっちにはもう戻らないつもりなの?」
彼女は心外だと言うような顔をした。
「戻るとか、必要とされているとか、それ以前に駄目だと思う」
「私やトニーが、あなたにいて欲しいって言っても駄目なの?」
少し声のトーンを落として俯いたリリーは、私の手を握った。
「リリー、ありがとう。長年の恋に横槍を入れたような私を受け入れてくれて。勿論、あなたとトニーは大切な友達だと思ってる。でも私は、高嶺の花に近づき過ぎちゃったからでしょうね。叶わない想いを持ったまま、あの人の近くに居続けるのは辛いのよ」
「それは…、辛く思う気持ちは分かるけどさ…」
「リリーに言われたように、フォンスさんの心を感じようとしたんだけど、無理だった。言葉どころか表情にも出さないんだもの。彼の口から"召喚術を使う日が決まった"って淡々と言われた時に、ふと気付いたのよ。感じ取れないのは、彼が何も感じ取らせないようにしてるからなんじゃないかって。自分で思っていた以上に、心を開いてくれてなかったのかもしれない。悔しいから、せめて私のいた証を残して行くわ」
この世界に来て約3ヶ月。生真面目な大人の男を捕まえるには短か過ぎた。でも、その間に完全燃焼できたと思う。足跡を残すのは、この先フォンスさんが本気で愛する人が現れても、私を一瞬でも思い出して欲しいという女の意地。
「……、どの生地を買うの?」
「え?」
「入りづらいんでしょ?女友達ですもの。買い物くらい付き合うわよ」
リリーはいきなりそう言ってさっさと店の中に入って行ったので、私も慌ててそれに続いた。
「フォンスさんには青が似合うと思うの。澄んだ空みたいな、瞳と同じ色。さっと羽織れる袖無しの上着を作りたいの」
異世界召喚系の物語で、相手の瞳の色に因んだ物が出て来るのはよくあること。小説を読んでいるだけの頃は、何で揃いも揃ってどれも瞳と同じ色を選ぶんだろうと思っていた。私ならもっと奇抜なものを選ぶと。だが実際自分の好きな人のために選ぶとなれば、セオリー通りが一番しっくり来た。あの青い瞳に見詰められるとドキドキして、優しく細められると安心した。それを独り占めできたら、どんなに幸せだっただろうか。
「青ね。でもあんまり澄んだ色だと軽薄に見えるから、少し落ち着いた青にしたら?」
「それもそうね。長さはどれくらい要るかなあ……」
「うーん、男の人だからねえ。大きめに買った方が良いとは思うけど…。店員さんに聞いてみましょう?」
こっちの世界でも、女同士の買い物は楽しかった。
目当ての物を買えて、リリーとの別れ際、彼女は急に真面目な顔になった。
「店の新しいトーフメニュー、食べてみたかったら戻ってくることね」
「ええ?…あ、ちょっと!」
私の返事を待たずに帰って行く後ろ姿を見送って、何とも彼女らしい引き止め方だと苦笑した。