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とある者たちの小さな復讐譚  作者: かわもりかぐら


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第1話

※ 短編の仕様を勘違いして投稿していました。誤って投稿した作品に評価をつけてくださった方、ありがとうございます。

「ちょいとお二方」




 受付をして部屋に向かおうとしたカップルを、受付の男は呼び止めた。


 屋内にもかかわらずつば付き帽子を被っている男同様、目深にフードを被ったカップルの様相は分からない。




 呼び止められたカップルは階段の前で足を止めた。


 ゆっくりと、男の方が受付の男に振り向く。




「……なにか?」


「可能であればキャンセルしてこのまま出てって、離れたとこで外から出てくるとこ見た方がいいよ」


「は?」


「いやなに。さっき入ったお客さん、護衛をひとり連れてたから。近くに行ったらバレるよ」




 ひらひらと手を振りながら男がそう言えば、女の方が驚いたように受付の男に振り返った。




「……護衛が?」


「そう」




 ふたりが顔を見合わせる。それはそうだろうなと受付の男は思った。


 なんせ、受付の男の手元にある台帳にはふたり分ずつしか記帳されていない。


 もうひとりいるのなら、3人分の記帳があるはずだ。だが、そのひとりの記帳はなかった。




 ―― できなかった、とも言える。




「闇属性の姿隠しインビジブルだっけか?」




 受付の男がそう言えば、女が受付の前に立った。男は女の後ろに立っている。


 見上げると真剣な眼差しで受付の男を見下ろしていた。




「……何者なの?」




 受付の男はニィと口角を上げて答える。




「俺? この宿の受付担当だよ」










「なるほどな。《姿明かし》の魔道具を使った理由はそれか」


「はい」




 あの宿を訪問していた男女 ―― ブレグリン侯爵家の使用人であるアリアとボルトは、雇い主であり、この侯爵家の当主であるフレデリック・ブレグリンの下に事の経緯を報告していた。




 結局、あのあとアリアとボルトは宿泊をキャンセルし、一旦宿から離れた。


 そして近場で待機していた同僚に連絡をとり、《姿明かし》の魔道具と呼ばれる、姿隠しインビジブルを見破る大変貴重な魔道具を持ってこさせたのである。


 その上で、あの宿の出入りが分かるところからこっそり魔道具で様子を伺っていたところ、出てきた目的のカップルの傍にひとりの男が付き従っているのが確認できた。


 当然、裸眼では目的のカップルしかいない。


 あのままアリアとボルトが宿に乗り込み、目的のカップルの様子を覗うかがおうとしたならばすぐに護衛に対応されただろう。


 そうなってしまうと、アリアとボルトの目的が果たせないばかりか主であるフレデリックに迷惑がかかるところであった。




 ひいては、今回このような調査をするきっかけとなった少女にも影響があっただろう。




「彼は魔道具らしきものは持っていなかったのか」


「はい」


「メガネなどもなかったですし、身につけているものはすべて街で売られているような既製品でした。手元で隠されていた場合も考えられますが……」




 それよりも何よりも、不可解な点がある。




「彼は私たちの目的を正確に把握していたようでした。警告した上で、遠方から出てくるところを監視するのが良いと提案してきたのです」




 アリアとボルトはフード付きコートを身に着けていたが、これはあの受付の男がいた宿を利用する上で必須のものだった。


 その男が受付役としていた宿は「連れ込み宿」と言って、カップルで連れ立って入り、人様には見せられない行為をする場所である。


 アリアたちは顔も極力見せず、服もコートに隠れているから分からないようにしていた。


 受付の男も、記帳中はアリアたちの顔を凝視するようなことはしなかった。アリアたちが受付の男に問い質したときだけだ、帽子のつばの下からじっとこちらを見てきたのは。


 アリアとボルトの顔を知っていた? そんなバカなことがあるものか。




 フレデリックは自身の口ひげに触れながらしばし考え込むと「彼と接触できる場所を探してくれ」と部屋で静かに控えていた執事に命令した。


 執事は一礼するとすぐに部屋を出ていく。


 それを見送ったフレデリックは、アリアとボルトに視線を戻した。




「引き続き、ふたりは彼らが出かけた情報が入り次第、市井に紛れて尾行を続けてもらいたい。ただしその男の注意通り、遠くから」


「承知いたしました」




 一礼して部屋を出ていくアリアとボルトを見送ったフレデリックは、深く、深くため息を吐いた。




 ―― 宿の男の助言がなければ、本当に大変なことになっていた。感謝してもしきれない。




 しかし、男はなぜ、ふたりに忠告してくれたのか。


 なぜ、ふたりの目的が例のカップルだと分かったのか。


 なぜ、なぜ。




 フレデリックは頭を振った。


 いまここで考えても分かることではない。


 窓際に歩み寄り、空を見上げる。


 時刻はもう夕方。オレンジ色の空が藍色に変化していくグラデーションがよく見えた。






 ◇◇






 上機嫌に鼻歌を歌いながら、つば付きの帽子を被った男は酒場のドアを押し開けた。


 カランカラン、とドアベルが店内に鳴り響く。


 それに気づいた、カウンターにいた店主が「いらっしゃい」と男に声をかけた。




「やあ、アーサー。元気だったかい?」


「元気も元気。でもここの酒を飲むのが一番元気が出るかな!」


「相変わらずクソなお世辞言いやがって。まあ悪い気はしねぇな」




 カラカラと店主が笑う。


 店内にはすでに客が何人もテーブル席に座っており、アーサーがカウンターに向かう間に「よぅアーサー!」「今日は酒が飲める日かい!?」なんて数人に声をかけられていく。


 アーサーはひらひらと手を振りながら笑って応えて、いつもの席であるカウンターの左端に座った。


 そこは店主が厨房に出入りするのがよく見える位置で、アーサーのお気に入りの位置でもある。


 よほど店が混雑していない限りは、そこがアーサーの席だと言わんばかりに空いていることが多い席でもあった。




「マスター、いつもの~」


「はいよ」




 アーサーが声をかけて間もなく出されたのは麦酒が入ったジョッキであった。


 琥珀色の液体の上に雑な泡が乗っかっている。きめ細かい泡の方が美味いのだが、そういう泡を作り出すような高価な機械は、こんな場末の酒場には置いていない。




 それでも、アーサーはこの麦酒が好きだった。


 月に一度の給料日にだけ飲める、贅沢品。


 衣食住のうち、衣と住については問題ないが、やはり食となると美味しいものを食べたくなって、結果的に出費が高くなるなんてこともある。




 なんとか生活ランクを下げている途中ではあるので、徐々に我慢できるようにはなってきているが、まだまだ下げるべきだとはアーサーも理解している。


 ただまあ、この月に一度の贅沢ぐらいは許されるべきだろう。


 贅沢といってもちょっといい食事に麦酒をつけるぐらいだ。毎日続けたら破産するが、月に一度程度であれば問題ない。




 ジョッキを持って、口をつけて傾ける。


 苦いホップの味とともに炭酸の喉越しが心地よく通り抜けた。


 連続でゴクゴクと飲んで「ぷはっ」と息を吸ったアーサーはジョッキをカウンターに置いた。




「か~~っ、うめぇ!」


「こんな安酒を美味そうに飲んでんのはお前さんぐらいだよ」




 そう言いながら、店主から目の前に出された料理にアーサーは目を丸くした。




 普段よりもちょっといい食事は、鶏ステーキは鶏ステーキでも普段より大きいものにするだとか、小さなデザートをつけるとかそんな程度だ。


 だが今、アーサーの目の前にある料理はこの店でも高い部類の牛肉ステーキだ。しかもデカい。


 アーサーの給料では、月に一度どころか年に一度食べられるかどうかというレベルのもの。


 こんな場末の酒場にそんな立派なステーキがあるのかと言われれば、まあ、そうなのだが、貴族らが食べているものよりは遥かに品質が低いものではある。


 それでもアーサーにとってはそのぐらい高価なもので。


 しかもその他、ライスとサラダ、それからデザートのケーキまでついている!


 


 だがアーサーにとってこんな大層なもの、本人は注文した覚えがない。




「おいおいマスター、出す相手間違ってねーか?」


「いーや、間違っちゃいないね」




 ということは。


 このステーキをアーサーに出すように、店主に依頼した者がいるということ。




 そのとき、アーサーの隣の席にひとりの男が静かに腰を下ろした。


 アーサーと同じように深く帽子を被っているため、目元は分からない。立派な口ひげがついている。


 なるほど、この男か。と思いながら、アーサーは男を見ながら頬杖をついた。




「……これ食ったらお命頂戴とか?」


「しないさ。君に伝えたいことと聞きたいことがあるだけでね。その代金だよ」


「ふぅん。場合によっちゃこの代金以上になることもあるけど?」


「そのときはそのときで判断させてもらうさ」




 肩を竦めた男は、店主に酒を注文しだした。


 ひとまず、アーサーに何かをするつもりはないらしい。


 それならばアーサーがやることはひとつだ。




「とりあえず食ってからでいい?」


「もちろん。冷める前に食べてくれ」


「いっただきまーす」




 両手を合わせてそう言ったアーサーは、ナイフとフォークを持つと丁寧にステーキを切り分けて、食べ進めた。


 じゅわりと口の中に広がる肉汁。そこにステーキソースが絡み合い、肉の旨味を引き出している。


 やはりこの酒場の店主は料理が上手い。実はどっかの貴族の一流シェフだったりして、なんて思いながらアーサーは麦酒を飲みつつステーキを食べ進めていった。


 ライスもサラダも、デザートまでペロリと平らげ。


 最後に麦酒を飲み干して、ゴトリとカウンターにジョッキを置いた。




 その間、隣の男は静かに酒を飲んでいただけ。


 アーサーに話しかけもしなかった。




 アーサーは口をハンカチで拭うと「で」と隣の男に話しかける。




「俺に何の用?」




 男はちょうど空になったグラスを静かにカウンターに置く。


 顔をアーサーに向けると口元に笑みを浮かべた。




「君に感謝を伝えたくてね。君の忠告のおかげで我々は命拾いした」


「忠告? ……ああ、あんた、あいつらの上司かなんかか」


「そんなところさ」


「別に、俺としちゃ邪魔されちゃ困るから止めただけなんだけどな。まあ感謝は受け取っとくよ」




 マスターおかわり、とアーサーはジョッキを店主に差し出した。


 隣の男も同様に「さきほどと同じものを」とグラスを差し出す。


 店主はそれぞれ受け取ると、ふたりがそれまで飲んでいた新しいものを出した。




 ふたり、ほぼ同時に酒を一口飲んでから、話が続く。


 周囲はふたりの様子は気にもとめないらしく、店内は非常に賑やかであった。




「俺に聞きたいことって?」


「最初はなぜふたりの正体に気づいたのか、と聞きたかったのだけれど質問を変えよう。邪魔されては困ると言ったね。君も彼らを追っていって、何かしらの機会を待っている……で、合っているかい?」




 そう尋ねられたアーサーは、帽子の下からじっと隣の男を見つめた。


 しばし、互いに見つめ合う。その時間は1分程度ではあったが、隣の男にとっては長く感じられたことだろう。




「……あんたならいいか」




 ぼそりと呟いたアーサーは、視線を隣の男からジョッキに戻した。




「合ってるよ」


「……」


「あんたと俺の目的は同じ。俺の方は別な理由も混じってるけど、理由も似たようなもんだな」




 隣の男は口を真一文字に結び、じっとアーサーを見つめた。


 おそらくその帽子の下では驚愕で目を見開いていることだろう。


 なぜならアーサーと男はさきほど会ったばかりで、お互い名も知らない。顔もお互いよく見えない。




「それは」


「おっと、これ以上はコレだぜ、旦那」




 何かを言いかけた男に対し、アーサーはニヤリとしながら親指と人差し指で円を作りかけ ―― 何かを思い出したかのように親指と人差し指をこすり合わせた。


 隣の男はその仕草にしばし考えた様子を見せたあと、軽く頷く。




「それについては後日相談という形でも良いだろうか」


「おう。3日後なら俺、休みだから1日中いるよ」


「ではここに、14時頃に来てくれ」




 男は懐から紙を取り出し、サラサラと何かを書いてアーサーに渡した。


 アーサーはその紙の内容に一度目を通してから、丁寧に畳んで懐にあった財布にしまい込んだ。


 それからすぐ、立ち上がる。




「じゃ、3日後に。あ、最初の麦酒代」


「そちらも私が持つよ」


「お、旦那太っ腹〜。んじゃ、またな。マスター、ごっそさーん!」


「おう! また来いよ〜!」




 厨房からひょっこり顔を出した店主にひらりと手を振って、アーサーは店を出ていく。


 男はカウンターから動かなかったので、まだ酒を飲むのだろう。






 家路を歩きながら、アーサーは思い返す。




「……ひい、ふう、みい……外出るにも色々と大変なんだなぁ」




 ―― 話しかけてきたあの男には、最低でも3人の護衛がついていた。




 もちろん、アーサーの職場に来たカップルの護衛のように姿を隠したりしていない。


 賑やかなあの酒場のテーブル席に来て、普通に注文をして酒を飲みながら食事をしていた。


 群衆に紛れた形でいたので、周囲は特に違和感はなかっただろう。


 あったとしても、新規の客が来たんだな、という印象しかなかったはずだ。




「さて吉と出るか凶と出るか。まあ、悪いことにはならないだろうけど」




 家の片付けでもしとくか、とアーサーは両手をズボンのポケットに入れながら暗がりの路地を歩いていった。

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