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万年寝不足のFランク、あくびで最強バレしそうなので、ビビりの筋肉おっさんを『伝説の英雄』に仕立て上げて隠居します  作者: 九条 綾乃


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第9話 楽園の安らぎ

「……眩しい」


 ゲートをくぐり抜け、地上の空気を吸い込んだ瞬間、蓬カナタの視界は真っ白な閃光に覆われた。カメラのフラッシュだ。新宿御苑ダンジョンの入り口前広場は、黒山の人だかりと化していた。

 マスコミ、野次馬、政府関係者、および熱狂的なファンたち。その数、およそ数千人。彼らは皆、東京を崩壊の危機から救った謎の英雄たちの帰還を待ちわびていたのだ。


「う、うわぁぁぁ……! 人がいっぱいでごわす……!」


 岩鉄ゲンゾウの巨体が、小刻みに震えだす。ダンジョンの最深部で死線を潜り抜けた勇気はどこへやら、彼は再びただの小心者のおじさんに戻っていた。

 無理もない。彼はつい昨日まで、誰にも注目されないFランクの荷物持ちだったのだ。それが今や、世界中のレンズが自分に向けられている。心臓が早鐘を打ち、今にも気絶しそうだ。


「しっかりしてください、ゲンゾウさん」


 その背後、目深に帽子をかぶったカナタが小声で囁く。


「あんたは今、東京を救ったSランク英雄です。胸を張ってください。……じゃないと、俺までバレます」


「む、無茶を言うなでごわす! 足がすくんで動けぬ……!」


 ゲンゾウが涙目で後ずさろうとしたその時、カナタのポケットからナビの声が響いた。


「――演じなさい、岩鉄ゲンゾウ」


 ナビの指示は冷徹かつ的確だった。


「今、この場の主導権を握らないと、マスコミに食い散らかされるわよ。私の言う通りのセリフを喋って。……カナタ、演出担当よろしく」


「……あいよ」


 カナタはため息をつきつつ、ゲンゾウの背中にそっと手を触れた。微量の魔力を流し込み、ゲンゾウの周囲に威圧感という名のオーラを発生させる。

 同時に、ゲンゾウの強張った表情筋を魔力で固定し、強制的に不敵な無表情を作り上げた。


「あ、あれ? 顔が固まって……」


「さあ、一歩前へ」


 ナビの指令に従い、ゲンゾウの足が勝手に動く。彼は広場の中心に進み出ると、無数のマイクの前で仁王立ちになった。ザワザワしていた群衆が、その圧倒的な存在感に呑まれ、水を打ったように静まり返る。

 岩鉄さん! 今回のテロ事件解決の勝因は!? 資源管理局との対立については!? その強さの秘密は一体!?

 記者たちが一斉に質問を浴びせる。ゲンゾウはパニックになりかけたが、耳元のイヤホンからナビの声が聞こえた。


「――多くを語る必要はないわ。一言だけ」


 ゲンゾウは、震える喉を必死に抑え込み、ナビに言われた言葉を紡いだ。


「……筋肉これが、答えだ」


 ドォォォォン……! カナタがタイミングよく魔力を放出し、地面を少しだけ揺らした。さらに、ゲンゾウの背後に控えていた聖女アリスが、法衣を翻して叫んだ。


「見よ! この揺るぎなき肉体こそ、神が遣わした守護者の証! 邪悪なる陰謀も、彼の鉄壁の前では無力でした!」


 アリスの狂信的な演説が、場の空気を決定づけた。カメラのシャッター音が嵐のように降り注ぐ。

 沈黙の巨神、岩鉄ゲンゾウ! 言葉よりも行動で語る男! 筋肉は裏切らない!

 翌日の新聞一面を飾る見出しが、この瞬間に確定した。

 その騒ぎの陰で、カナタはそっと群衆の外へと抜け出していた。誰にも気づかれない。ゲンゾウという巨大なデコイ(囮)のおかげだ。


「……ふぅ。疲れた」


 路地裏に入り、カナタは帽子を脱いだ。これでやっと、一人のただのFランクに戻れる。


「お疲れ様でした、蓬さん」


 声をかけられ、カナタはビクリと肩を震わせた。振り返ると、そこには黒いスーツ姿の美女――ギルド支部長、九条シオリが立っていた。彼女は疲労の色を隠せない様子だが、その表情はどこか晴れやかだった。


「支部長……。マスコミ対応、いいんですか?」


「あの場は岩鉄さんに任せておけば大丈夫でしょう。聖女様もいますしね。……それより、あなたにお伝えしたいことがあって」


 シオリは端末を取り出し、ニュース映像を見せた。画面には資源管理局長・毒島、緊急逮捕のテロップが流れている。

 映像には、例のサウナ配信――ナビがハッキングしたことでエアコンが暴走し、蒸し風呂状態になった司令室で、椅子に挟まれたまま命乞いをする毒島の無様な姿が映し出されていた。


「彼が裏で不正な爆破コードを入力していたログも、この配信と同時に全世界に拡散されましたからね。言い逃れようがありません」


 シオリは眼鏡の位置を直しながら、続けた。


「それと、懸案だったエネルギー問題ですが……解決の目処が立ちました」


「魔石不足の件ですか?」


「ええ。毒島が主張していた既存の炉では魔石以外使えないという話。あれ、半分は嘘だったんです」


 シオリは、ゲンゾウたちが持ち帰ったデータを見せた。


「毒島は、自分の利権を守るために新しいエネルギー技術の特許を握りつぶしていました。実は、モンスターから採取できる魔力パウダーを、少量の触媒と混ぜて固めるだけで、従来の魔石と同じように使える技術が既に完成していたんです」


「……なんだ。じゃあ、最初から殺す必要なんてなかったんですね」


 カナタは呆れたように言った。モンスターを殺して魔石を採るよりも、生かしてマッサージをして、パウダーを集めて加工する方が、持続可能で効率も良い。毒島という利権の蓋が消えたことで、その新技術が一気に解禁されたのだ。


「政府は、あなたの提案したダンジョン・リゾート計画を、新たなエネルギー生産モデルとして正式認可しました。癒やしと資源の両立……世界初の快挙ですよ」


「……へぇ」


 カナタの反応は薄かった。国家プロジェクトの認可など、彼にとっては明日の天気よりどうでもいいことだ。


「嬉しくないのですか? これで堂々と昼寝ができる場所が確保できたのですよ?」


「……まあ、そうですね。邪魔が入らないなら、それでいいです」


 カナタはあくびをした。シオリは苦笑し、そして深々と頭を下げた。


「……ありがとうございました。あなたがいなければ、東京は終わっていました。ギルドを代表して、いえ、一人の市民として感謝します」


「……よしてください。俺はただ、自分の寝床を守っただけなんで」


 カナタは照れ隠しのように背を向けた。


「それより、あの「おっさん」のことを頼みますよ。中身はビビリなんで、あんまりプレッシャーかけないであげてください」


「ふふ、善処します。……では、また現場で」


 シオリは颯爽と去っていった。彼女の背中は、以前よりもずっと頼もしく見えた。

 一週間後。新宿御苑ダンジョン改め、国立ダンジョン・スパリゾート新宿は、営業再開初日から大盛況となっていた。入り口には長蛇の列ができ、予約サイトのサーバーがダウンするほどの人気ぶりだ。

 地下20階層、大浴場。かつて毒沼だった場所は、完全にリニューアルされ、広々とした露天風呂になっていた。湯船には、多くの客が浸かり、至福の表情を浮かべている。

 その背中を流すのは、正気を取り戻したモンスターたちだ。スケルトンが器用にマッサージを行い、スライムが温かい泥パックを提供している。


「いらっしゃいませ~! タオルはこちらでごわす~!」


 番台には、岩鉄ゲンゾウの姿があった。彼は特注の法被はっぴを着て、満面の笑みで客を案内している。もはやビビリの面影はない。

 英雄として崇められつつも、彼自身が一番やりたかった人々を笑顔にする仕事に就けた充実感が、彼を輝かせていた。


「おい、ポチ! お湯の温度が少し高いぞ! ボイラーの火力を調整するでごわす!」


「キュウ~ン」


 骨ドラゴンのポチが、申し訳なさそうに尻尾を下げる。この最強のボスモンスターも、今ではスパの熱源担当だ。彼が吐くブレスの熱を利用して、全館の電力と温泉の温度が賄われている。これぞまさに、クリーンエネルギーだ。

 そして、その奥。関係者以外立入禁止の札が掛かったVIPルーム。防音壁と結界で守られたその部屋には、キングサイズの最高級ベッドが置かれていた。

 蓬カナタは、その柔らかい布団の中に埋もれていた。


「……あー、極楽」


 スマホも電源を切った。外の喧騒も聞こえない。魔力の制御は、地下に設置した魔力変換装置が自動で行ってくれている。体内の蓋を意識する必要がない。生まれて初めて味わう、真の解放感。


「……よかったわね、マスター」


 脳内でナビが囁く。


「リゾートの収益も上々。新エネルギーの供給も安定。これで文句なしのFランク隠居生活ね」


「ああ。最高だ。……もう二度と働きたくない」


 カナタは幸せそうに枕に顔を埋めた。だが、その平穏がいつまで続くかは分からない。聖女アリスはこここそが聖地! と宣言し、勝手にスパの一角に祭壇を作り始めているし、ゲンゾウの人気に嫉妬した他のランカーたちが道場破りに来るという噂もある。

 何より、カナタという規格外の燃料を、世界が放っておくはずがない。

 コンコン。控えめなノックの音がした。ゲンゾウの声だ。


「カナタ殿、起きてるでごわすか? 支部長から、新しいカップラーメンの差し入れが届いたでごわすよ。……激辛海鮮味だそうで」


 カナタの目がパチリと開いた。


「……食う」


 カナタは布団から這い出した。安眠も大事だが、食欲も大事だ。扉を開けると、そこには満面の笑みのゲンゾウと、尻尾を振るポチ、そして怪しげな壺を持ったアリスが立っていた。


「御使い様! この聖なる壺にお湯を入れて、特製ラーメンを作りましょう!」


「いや、その壺なんか禍々しいんだけど」


「さあさあ、冷めないうちに食べるでごわす! 今日はポチの奢りでごわすよ!」


(ドラゴンの奢りってなんだよ……)


 騒がしくも温かい仲間たち。カナタは小さく息を吐き、そして自然と笑みがこぼれた。


「……ま、こういうのも悪くないか」


 最強の魔力を持つFランク探索者と、最強の肉体を持つビビリの英雄。そして毒舌AIと勘違い聖女。彼らのダンジョン運営記は、まだ始まったばかりだ。とりあえず今は、伸びる前にラーメンを食べるとしよう。


「いただきます」


 カナタの声が、湯気の中に溶けていった。東京の地下深くに生まれた、小さな楽園。そこには今日も、平和なあくびが響いている。


(完)

これでいったん完結です。

今回は以前書いた作品をブラッシュアップするつもりで書いたのですが、

なかなかうまくまとまりませんね。精進します。

お気に入りのキャラなので、別の話でリベンジしたいと思っています。


お読みいただき、本当にありがとうございました。

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