第8話 IoT焼き討ち作戦
「……はぁ、はぁ。これで本当に、終わった……のか?」
ダンジョン最深部、コア・ルーム。暴走していた光の嵐は収束し、静寂が戻っていた。蓬カナタは、瓦礫の山となった床に大の字に寝転がっていた。
指一本動かす気力がない。全身の魔力回路が焼き切れそうなほどの過負荷。隣には、同じく煤だらけになった岩鉄ゲンゾウが、荒い息をつきながらへたり込んでいる。
「……見事な一撃だったでごわす、相棒」
「あんたの体が持ったからだよ。……マジで、よく壊れなかったな」
「わしの体は……頑丈だけが取り柄でごわすからな」
ゲンゾウは微笑んだ。その笑顔は、かつてのスライムに怯えていた小心者のものではない。死線を共に潜り抜けた、頼れる相棒の顔だった。
「……呑気に感動してる場合?」
その空気をぶち壊したのは、カナタのポケットから響くナビの声だった。いつもより冷ややかで、ドスの効いた声色だ。
「まだ終わってないわよ。毒島の野郎、往生際が悪すぎるわ」
「……あ? どういうことだ?」
カナタが顔をしかめる。システムは正常化したはずだ。暴走コードも消去した。これ以上、あいつに何ができるというのか。
「奴は表口(支配権)を奪われたから、裏口を使って盤面ごとひっくり返そうとしてるのよ」
ナビが空中にホログラム・ウィンドウを展開する。そこに映し出されたのは、複雑なネットワーク図と、赤く点滅する警告アラートだった。
「ダンジョン・コアのシステムは掌握したけど、奴の司令室とここを繋ぐ通信回線はまだ物理的に生きてる。……奴は今、予備の回線を使って、ダンジョンの入り口に仕掛けた封鎖用爆薬を起爆させようとしてるわ」
「ば、爆薬だと!?」
ゲンゾウが跳ね起きた。
「ま、また生き埋めでごわすか!? 勘弁してほしいでごわす!」
「……あいつ、証拠隠滅のために俺たちごとダンジョンを物理的に埋める気か」
カナタは深くため息をついた。怒りというより、呆れに近い。どこまでも自分勝手で、合理的な悪意。
「ナビ、回線を切れないのか?」
「向こうは軍事レベルの回線よ。こっちから切断コマンドを送っても、承認権限(ルート権限)は向こうにあるから弾かれる。……私のハッキング能力でも、権限奪取には数分かかるわ。でも、起爆まではあと60秒」
「間に合わねえじゃん」
カナタは投げやりに言った。彼の頭脳では、これ以上の解決策は思いつかない。「もう帰って寝たい」というのが本音だ。
「だから、もっと乱暴な手を使いましょう」
ナビが、悪魔のような嘲笑を浮かべる。
「カナタ、あんたのその無駄に余ってる魔力。……有効活用してあげるわ」
「また物理で殴るのか? ケーブル越しじゃ届かないぞ」
「違うわよ、脳筋。物理攻撃じゃない。演算攻撃よ」
ナビが得意げに作戦の概要を説明し始めた。
「毒島のサーバーは、この回線を通じて常にコアと通信してる。なら、こっちからとんでもないデータを送りつけてやればいい」
「データ?」
「そう。あんたの魔力は無限のエネルギーでしょ? 私がそのエネルギーを、意味のない無限の計算式にリアルタイム変換する。それを奴のサーバーに送りつけるとどうなると思う?」
カナタは首をかしげた。ナビは勝ち誇ったように続ける。
「サーバーのCPUは、送られてきた膨大な計算を処理しようとしてフル稼働する。でも、あんたの魔力は無限だから、計算も終わらない。処理能力の限界を超えて回転し続けたCPUは……熱を持って、物理的に溶ける(メルトダウン)わ」
魔法をそのままぶつけるのではない。魔法を処理しきれない情報量に変換して、相手のハードウェアを熱暴走させる。これなら、ケーブルという細い道を通しても、相手の拠点を確実に破壊できる。
「……なるほど。要するに、あいつのパソコンを知恵熱でパンクさせればいいんだな?」
「言い方はバカっぽいけど、正解よ。……ついでに、奴の司令室にあるIoT家電も全部ハッキングして、暴走するようにプログラムを書き換えて送ってあげる」
「性格悪いな、お前」
「褒め言葉ね。……で、ゲンゾウ」
「へ? わ、わしでごわすか?」
「あんたはモデム(通信機器)になりなさい」
ナビの指示はこうだ。カナタは魔力を放出するバッテリー。しかし、そのままでは出力が不安定だ。ゲンゾウがコアに触れ、その強靭な肉体で魔力を受け止め、ナビが変換しやすいように整流する役割を担う。
「あんたが叫んで気合を入れなさい。あんたのバイタルサインを同期信号として使うから」
「よ、よく分からんが……叫べばいいのでごわすな!」
ゲンゾウが立ち上がり、コアの水晶体に手を触れる。カナタは寝転がったまま、ゲンゾウの足首を掴んだ。これでパスは繋がった。
「頼むわ、ナビ。サクッと焼き払ってくれ」
「了解。……さあ、毒島。とびきり熱いスパムメールを送ってあげるわ」
東京都心、資源管理局本部ビル。最上階にあるメイン司令室は、ピリピリとした緊張感に包まれていた。数十人のハッカーたちがキーボードを叩き、爆破シーケンスの最終承認コードを入力している。
その中央で、毒島は焦りを隠すように貧乏ゆすりをしていた。
「承認まであと30秒。……今度こそ終わりだ、Fランク」
彼は呟いた。地下のコアは奪い返せなかったが、入り口を崩落させてしまえば、窒息死事故として処理できる。後の言い訳など、権力を使えばどうにでもなる。その時だった。
「きょ、局長! 通信回線に異常!」
オペレーターの一人が叫んだ。
「地下からのアップロード速度が急上昇しています! 毎秒500エクサバイト!? あ、ありえません! 計測不能です!」
「何だと? 奴らがウイルスを送ってきているのか? ファイアウォールで弾け!」
「弾けません! ウイルスじゃないんです! これは……ただの円周率の計算です!」
「はぁ!?」
「無限桁の円周率計算リクエストが、毎秒数億件送り込まれてきます! サーバーが勝手に計算を始めて……止まりません!」
カナタの無限の魔力を、ナビが「終わらない計算式」に変換して送りつけたのだ。毒島のメインサーバー群は、与えられた問いを真面目に解こうとして、全リソースを吐き出し始めた。
「CPU使用率、100%……なお上昇中! クロック周波数、限界突破!」
「冷却ファン、最高回転! ……だめだ、冷えません! 温度上昇、100度を超えます!」
ブォォォォォン!! サーバー室から、ジェット機のような轟音が響き始めた。数百台のサーバーの冷却ファンが、悲鳴を上げて回転している音だ。
「ええい、電源を切れ! 強制終了だ!」
毒島が叫ぶが、遅かった。
「操作不能です! キーボードが反応しません!」
バシュッ!! サーバーラックの一つから、白煙が噴き出した。物理的な熱量が、基盤のハンダを溶かし始めたのだ。それを合図に、司令室内のネットワーク機器が連鎖的に狂い始めた。ナビが仕込んだ「おまけ」のプログラムが発動したのだ。
「な、なんだ!?」
毒島の座っている高機能オフィスチェアが、突然ガタガタと震え出した。内蔵されたマッサージ機能やリクライニング機能が、安全装置を無視して暴れだす。
「うおっ!? と、止まれ! 止まんか!」
ウィーン! ガシャン! ウィーン! ガシャン! 椅子が毒島の背中を猛烈な勢いで叩き、折りたたむように締め上げる。
「局長! エアコンが!」
室内の空調が、設定温度「暖房50度」で固定され、全力運転を始めた。ただでさえサーバーの熱で暑い室内が、瞬く間にサウナと化す。
「コーヒーメーカー、沸騰制御不能! 」
プシューーーッ!! 給湯室で熱湯の蒸気が噴き出し、ハッカーたちが「あちちちっ!」と逃げ惑う。スマートスピーカーが一斉に大音量で「蛍の光」を流し始め、ロボット掃除機が高速回転しながら毒島の足に体当たりを繰り返す。
「ひぃぃっ! なんだこれは! ポルターガイストか!?」
毒島は暴れる椅子から転げ落ち、床を這いずり回った。
「いいえ、ただの熱暴走です」
メインモニターがノイズに覆われ、ナビの合成音声が響き渡る。
「あんたの自慢のハイスペック・サーバーも、私のマスターの燃料の前じゃ、ただの湯沸かし器ね」
「き、貴様ぁ……!」
「ついでに、この面白い状況も外部出力しておいたわ」
モニターの一部が切り替わり、動画配信サイトの画面が表示される。そこには、サウナ状態の部屋で、暴走する家電に襲われ、汗だくで逃げ惑う毒島たちの姿が、鮮明に映し出されていた。
【悲報】資源管理局長、ルンバと椅子に襲われる。サウナ配信? 悪いことするからバチが当たったんだろww。サーバー燃えてるぞ。
視聴者数は秒単位で跳ね上がり、コメント欄は嘲笑の嵐だ。
「は、配信を切れぇぇぇぇッ!!」
毒島が絶叫する。その時、限界を迎えたメインサーバー群が、真っ赤に熱せられ、ついに物理的に発火した。
ドォォォォォン!!
爆発音と共にスプリンクラーが作動し、灼熱の室内へ大量の水が降り注ぐ。急激な冷却によりガラスが割れ、濡れた電子機器がショートして火花を散らす。爆破シーケンスのカウントダウンも、制御基板が焼き切れたことで停止した。
「……あ、あぉ……」
毒島は、黒焦げになったサーバーと、水浸しになった床の上で、呆然と立ち尽くした。物理的な攻撃は受けていない。だが、彼が信奉していた高度なシステムが、単純な熱量によって自滅した事実は、彼のプライドを粉々に砕いた。
ダンジョン最深部。
「ターゲットのシステムダウンを確認。爆破コード、消滅。作戦完了よ」
ナビの声が、いつになく弾んでいた。
「……終わったか」
カナタは大きく息を吐き、そのままゴロリと寝返りを打った。
「やった……やったでごわすな!」
ゲンゾウが拳を突き上げる。コアの光も、完全に安定している。
「……帰ろうぜ、ゲンゾウさん。今度こそ」
「うむ。汗をかいたゆえ、帰ったら風呂に入り直すでごわす」
二人は重い体を起こした。アリスが涙ぐみながら駆け寄ってくる。
「おぉ……! 見ましたぞ! 邪悪な城が、見えざる神の炎によって裁かれる様を! さすがは御使い様、指一本触れずに敵を討つとは!」
(全部ナビがやったんだけどな……)
カナタは修正する気力もなく、ゲンゾウの肩を借りて歩き出した。
こうして、東京の危機は去った。だが、彼らが地上に戻った時、そこにはまた別の試練が待ち受けていることを、カナタはまだ知らない。
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