第7話 人間変電所
「ひぃぃぃっ!! ど、どくでごわす! 毒の沼が迫ってるでごわすぅぅ!!」
地下20階層。崩壊まで残り10分を切ったダンジョン内は、崩れゆく天井と噴き出す魔素によって地獄と化していた。岩鉄ゲンゾウは、涙と鼻水を撒き散らしながら爆走していた。
その背中には、ぐったりとした蓬カナタがおんぶされている。
「右だ、ゲンゾウさん。スライムの酸が来る」
「右ぃぃぃっ!?」
ゲンゾウが巨体を急旋回させる。遠心力で壁に激突しそうになるが、鋼鉄の肩で岩盤の方を粉砕して駆け抜ける。彼の進路を阻むのは、かつてスパの従業員だったモンスターたちだ。
毒島の初期化コマンドにより理性を奪われた彼らは、ただの防衛システムとして襲いかかってくる。
「くっ、来るな! わしは客だぞ! プレミアム会員でごわすぞ!」
ゲンゾウが泣き叫びながら、襲い来るスケルトンを手で払う動きをする。だが、その腕にはカナタから供給された核融合炉級の魔力が纏わりついている。
ドォォォォォン!!
軽く払っただけの裏拳が、衝撃波となってスケルトンの群れをボウリングのピンのように弾き飛ばした。
「……すごい」
背中のカナタがボソリと呟く。彼は、自身の体から溢れ出る魔力をでたらめで不安定な出力でゲンゾウに流しこむだけだが、ゲンゾウはそれをうまく消化し、周囲に対物理・対魔法障壁を展開し続けていた。
酸の唾液も、火炎弾も、全てその障壁が弾き、ゲンゾウの頑丈な肉体が衝撃を殺す。まさに無敵の戦車。
「あと300メートル! 急いで、空間歪曲率が限界に近いわ!」
ナビの警告。天井の岩盤がミシミシと音を立て、空間そのものが内側へねじれ始めている。崩落の前兆だ。
「アリス! 前を!」
「はいっ! 神よ、迷える子羊たちを物理的に排除します! 聖なる衝撃!」
並走していた聖女アリスが、持っていたメイスをフルスイングした。行く手を塞いでいたゴーレムが粉砕される。彼女もまた、この修羅場で覚醒しつつあった。
そして、ついに最深部の扉が見えた。だが、その前には最大の障害が立ちはだかっていた。骨ドラゴン、ポチだ。かつてゲンゾウの背中を流していた愛竜は、毒島の強力な支配コードにより、全身から紅蓮の炎を噴き上げる破壊兵器となっていた。
「グルルルル……ガアアアアアッ!!」
「ポ、ポチ……! わしのことが分からぬか!」
ゲンゾウが足を止める。ポチが巨大な口を開け、極大のブレスをチャージする。
「避けてください、ゲンゾウさん!」
カナタが叫ぶが、ゲンゾウは動かなかった。
「……避けない。ポチは、わしの友達でごわす。友達を見捨てて自分だけ助かるなど、英雄のすることではない!」
「死にますよ!?」
「死なぬ! カナタ殿が守ってくれるからだ!」
ゲンゾウは、真正面からポチに向かって突進した。ブレスが放たれる寸前。ゲンゾウは両腕を広げ、ドラゴンの巨大な顎を、上下から挟み込むように押さえつけた。
ガシィィィッ!!
「目を覚ますでごわすぅぅぅぅっ!!」
ブレスが口の中で暴発する。熱と衝撃がゲンゾウを襲うが、カナタが全魔力を前方に集中させ、衝撃を相殺する。
耐えろ……!
カナタの意識が飛びそうになる。だが、ゲンゾウの馬鹿力とカナタの魔力が拮抗し、ついにドラゴンの口を無理やり閉じさせた。行き場を失った熱エネルギーがドラゴンの鼻からプシュッと抜け、その衝撃(酸欠)でポチは白目を剥いて気絶した。
「……よし、突破!」
ゲンゾウは気絶したポチの頭を優しく撫でると、再び走り出した。扉を蹴破る。そこには、元凶であるダンジョン・コアが鎮座していた。
一方、地上。資源管理局本部、作戦室。毒島は、モニターに映し出された地下の映像を冷ややかな目で見つめていた。
「……到達したか。予想よりもしぶといな」
「局長。ターゲットがコアエリアに侵入。接触を試みる可能性があります」
ハッカーのリーダーが報告する。
「問題ない」
毒島はワイングラスを傾けた。
「我々が構築した論理障壁は完璧だ。256桁の暗号化キーに加え、生体認証、魔力波長認証……何重ものセキュリティを掛けてある。彼らが現地に辿り着いたところで、指一本触れることはできんよ」
毒島にとって、これはすでに終わったゲームだった。地下が崩落し、彼らが圧死するまであと数分。その数分間、彼らが絶望に足掻く姿を観察するのも、また一興という程度の認識だった。
ダンジョン最深部。
「……なんだ、あれは」
カナタが目を見開く。コアの水晶体は、幾何学的な光の紋様に何重にも囲まれていた。空中に浮かぶ無数の数式と鎖。毒島たちが構築した、最高強度のセキュリティ・ウォールだ。
「チェックメイトね」
ナビが冷静に、しかし悔しげに分析する。
「外部からのアクセスを完全に遮断してる。無線ハッキングじゃ、暗号解除に100年はかかるわ」
崩落まで、あと3分。ゲンゾウが膝をつきそうになる。
「こ、ここまで来て……終わりでごわすか……」
「どうすんだよ、ナビ」
カナタは投げやりに言った。彼の頭脳では、これ以上の解決策は思いつかない。
「壊せねえのか? 俺の魔力でドカンと」
「バカね。無理やり壊せばコア自体が砕けて、東京ごと吹き飛ぶわよ。必要なのは破壊じゃなくて解錠よ」
ナビは一瞬沈黙し、そして計算を弾き出した。
「……でも、方法はあるわ」
「あるのか?」
「無線がダメなら、有線(直結)よ。物理的にコアに触れて、私の演算プログラムを直接流し込む。通常なら暗号解除に時間がかかるけど……あんたの無限の魔力を演算リソースとして使えば、1秒で数京回の総当たり攻撃ができる」
ナビの作戦はこうだ。
1.コアに物理的に接触し、回線をつなぐ。
2.カナタの魔力をエネルギー源として、ナビが超高速で暗号解除プログラムを回す。
3.数兆パターンのパスワードを一瞬で試行し、正規の手順でロックを解除する。
「なるほど。力技で鍵を開けるわけか」
「ええ。ただし、問題が一つ」
ナビの声が真剣味を帯びる。
「コアの周囲は高濃度の魔素で守られてるし、接続中は超高負荷の電流みたいなエネルギーが流れる。生身の人間がケーブル代わりになって触れれば……数秒で黒焦げよ」
カナタはゲンゾウを振り返った。この場に、そんな無茶に耐えられる人間は一人しかいない。
「ゲンゾウさん」
「……わ、わしでごわすか?」
「あんたがケーブルになってくれ。あんたの体なら、俺の全力出力にも耐えられるはずだ」
ゲンゾウはゴクリと唾を飲み込んだ。自分の役割は理解できた。カナタ(発電所)とナビ(コンピュータ)を、コアに繋ぐための頑丈な導線になることだ。
「……熱いのでごわすか?」
「正直、めちゃくちゃ熱いと思う。俺の全エネルギーが、あんたの体を通過して演算処理されるんだ。……血管の中を溶岩が通るようなもんだ」
ゲンゾウの顔が引きつる。痛いのは嫌だ。熱いのも嫌だ。だが、彼は周囲を見た。崩れかけた天井。気絶しているポチ。震えるアリス。そして、自分を信頼しきっているカナタの目。
「……やる」
ゲンゾウは覚悟を決めた。
「やるでごわす! わしは英雄! 岩鉄ゲンゾウでごわす! 少々の熱さなど、サウナだと思えば耐えられる!」
「よく言った!」
ゲンゾウが、光の障壁に守られたコアに歩み寄る。障壁がバチバチと火花を散らし、拒絶する。構わず、ゲンゾウはその巨大な両手で、障壁の隙間から手をねじ込み、コアの実体を鷲掴みにした。
「うおおおおおおっ!!」
「行くぞ! ナビ、演算開始!」
「了解! 回路形成、直列接続! リソース全開!」
カナタがゲンゾウの背中に両手を叩きつける。
ドクンッ!!!!
先ほどまでの比ではない、カナタの魂を削るような魔力の奔流が放出された。
地上の作戦室。アラート音が鳴り響いた。
「局長! 異常発生! 論理障壁に対し、凄まじい回数のアクセス試行が!」
「何だ? 当てずっぽうでパスワードを入力しているのか?」
毒島は鼻で笑った。
「無駄なことを。この暗号は数京通りのパターンがある。手動で当たる確率は天文学的数字だ」
「ち、違います! 手動じゃありません! 毎秒……100京回!? ありえない速度で総当たりされています!」
「なっ!?」
毒島の顔色が凍りついた。
「スーパーコンピュータ並みの演算速度だと!? 現場に機材などないはずだぞ!」
「魔力です! 膨大な魔力を直接演算能力に転換して、強引に解読しています! セキュリティが……突破されます!」
「ぐ、がぁぁぁぁぁぁっ!!」
ダンジョン最深部。ゲンゾウが絶叫する。全身が発光する。皮膚の下を黄金の光が駆け巡り、筋肉繊維が悲鳴を上げる。熱い。痛い。体が裂けそうだ。
だが、ゲンゾウは離さなかった。万力のような握力で、コアを掴み続ける。
「耐えろ! 耐えてくれゲンゾウさん!」
カナタもまた、必死だった。魔力を送りすぎればゲンゾウが壊れる。弱すぎれば演算が追いつかない。ナビの制御を受けながら、ギリギリのラインで出力を維持する。
「解析率80%……90%……! ゲンゾウ、あと少しよ!」
「毒島ぁぁぁッ! これが! 現場の! 根性じゃぁぁぁぁっ!!」
ピロン♪ 軽快な電子音が響いた。
「解析完了。管理者権限、奪取」
パリーンッ!! ガラスが割れるような音と共に、光の檻が砕け散った。正規の手順でロックが解除されたのだ。
「初期化コマンド、キャンセル。システム再起動……リゾートモードへ復旧」
カッ……。コアから放たれていた赤黒い暴走の光が、瞬時に浄化され、穏やかな青色へと戻った。揺れが収まる。崩壊のカウントダウンが止まった。
「……はぁ、はぁ、はぁ……」
ゲンゾウはその場に崩れ落ちた。全身から湯気を上げ、皮膚は真っ赤になっているが、奇跡的に大きな怪我はない。Sランク相当の耐久力と、カナタの完璧な魔力制御が成し得た神業だった。
「……やった、か」
カナタもまた、魔力を使い果たして後ろに倒れ込んだ。視界が霞む。だが、目の前のコアは静かに輝いている。
「……相棒」
倒れたまま、ゲンゾウが掠れた声で呼んだ。
「ん?」
「……熱かったでごわす」
「……悪かったな」
「でも……背中は、温かかったでごわす」
二人は顔を見合わせ、へへと笑った。これまで利害の一致だけで繋がっていた二人の間に、理屈ではない絆が生まれた瞬間だった。
「……感傷に浸ってる暇はないわよ」
ナビの声が響く。スマホの画面には、地上の資源管理局の映像が映し出されていた。毒島だ。彼はまだ、諦めていなかった。論理の壁を破られた彼は、即座に次の手を打とうとしていた。
「……予備回線を使え」
毒島は冷徹に指示を出していた。もはやダンジョンの確保は不可能。ならば、証拠隠滅のために物理的に埋めるしかない。彼は感情で動いていない。あくまで損切りとして、ダンジョンの入り口を爆破する準備に入っていた。
「……しつこい奴は嫌われるぜ」
カナタはよろりと体を起こした。毒島の卑劣さに、彼の堪忍袋の緒がついに切れた。
「ゲンゾウさん。もう一発、いけるか?」
「……へ?」
「今、回線は繋がってる。俺たちがこじ開けた穴がな」
カナタはニヤリと笑った。
「あいつらに、とびきり重たいスパムメールを送ってやる」
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