第4話 ダンジョン・リゾート改革
新宿御苑ダンジョン地上本部、司令室。モニターの明かりだけが灯る薄暗い部屋で、張り詰めた声が響いた。
「毒島局長。これは一体どういうことですか」
九条シオリは、目の前の男――資源管理局局長、毒島を鋭く睨みつけていた。彼女の手元には、解析班が命がけで持ち帰ったログデータがある。
「地下20階層の活性化レベルが、自然発生の限界値を遥かに超えています。これは明らかに人為的な操作によるもの。……当局の管理下にあるコアにアクセスできるのは、私とあなただけです」
毒島は、窓の外に広がる新宿の夜景を見下ろしたまま、薄ら笑いを浮かべた。神経質そうな細面の男だ。高価なスーツに身を包んでいるが、その目は爬虫類のように冷たく濁っている。
「人聞きが悪いな、九条支部長。私はただ、効率化を図っただけだよ」
「効率化、だと……?」
「この国は今、慢性的な魔石不足だ。なのに、君の管轄するダンジョンは平和すぎる。モンスターが大人しければ、資源(魔石)は産まれない」
毒島は振り返り、両手を広げた。
「だから少しばかり刺激を与えてやったのさ。活性化レベルを上げ、強力な個体を呼び寄せる。そうすれば探索者たちは必死に戦い、大量の魔石が市場に出回る。……多少の死傷者は出るだろうが、それは必要なコストだ」
「狂ってる……! それでスタンピード(大暴走)が起きたら、地上の市民も巻き込まれるのよ!?」
「そのための探索者ギルドだろう? 現場の掃除は君たちの仕事だ。精々、働いてくれたまえよ」
毒島は嘲るように鼻を鳴らし、部屋を出て行った。残されたシオリは、悔しさに拳を握りしめ、机を叩いた。
(許せない……! 私のダンジョンを、探索者たちを、使い捨ての駒にするなんて!)
だが、彼女には毒島を止める権限がない。コアのシステムは管理局が握っている。今、この暴走を物理的に止められるのは――現場に向かわせたあの二人だけだ。
「……頼むわよ。規格外の二人組」
シオリは祈るようにモニターを見つめた。
一方その頃、地下20階層。そこは、地獄の釜の底のような様相を呈していた。壁面からは高濃度の魔素が噴き出し、空間全体が赤黒い靄に包まれている。
「……空気が悪い。最悪でごわす」
岩鉄ゲンゾウは、鼻をつまんで不快感を露わにした。彼は潔癖症なのだ。淀んだ空気、散乱する骨、そして殺気立った気配。すべてが彼の快適な生活への美学に反していた。
「早く終わらせて帰りましょうよ……」
隣に立つ蓬カナタは、いつも以上にげんなりしていた。眠い。とにかく眠い。だが、帰るわけにはいかない。ここを放置すれば、溢れ出したモンスターが地上へ向かい、彼の安アパート(聖域)が踏み荒らされることになる。
「気をつけて。このエリア、完全に暴走モードに入ってるわ」
カナタのポケットから、ナビの警告音が響く。
「管理システムのログを解析したわ。犯人は資源管理局の毒島。意図的にリミッターを解除して、モンスターを凶暴化させてる。目的は魔石の大量生産ね」
「……金のために、わざと暴走させたってことか?」
カナタの声色が、ほんの少しだけ低くなった。彼は基本的に無気力だが、自分勝手な理由で他人の平穏を乱す奴は嫌いだ。
「許せぬ……!」
ゲンゾウが震える声で唸った。
「私利私欲のために、ダンジョンを汚し、モンスターを苦しめるとは……! わしは怒ったぞ! この岩鉄ゲンゾウ、断じて許さぬでごわす!」
「(ゲンゾウさん、どっちかというと自分が汚れるのが嫌なだけじゃ……)」
カナタは心の中で突っ込んだが、まあやる気になっているなら好都合だ。目の前には、毒島の操作によって呼び出されたフロアボスが待ち構えていた。
全長10メートルを超える、腐肉と骨の集合体。アンデッド・ドラゴン。だが、通常の個体ではない。全身に赤い紋様が浮かび上がり、強制的な興奮状態にある強化個体だ。
「グオオオオオオオッ!!」
理性を焼かれたドラゴンの咆哮が、空間を震わせる。殺意の塊となったブレスが、二人に向かって放たれた。
「ゲンゾウさん、行きますよ。――コネクト」
カナタがゲンゾウの背中に手を当てる。ドクンッ。核融合炉クラスの魔力が、ゲンゾウの体内へと雪崩れ込む。
「うおおおおおおっ!!」
ゲンゾウが吼えた。恐怖心は消え去り、代わりに全身に満ち溢れるのは使命感と全能感。迫りくる腐食ブレスに対し、ゲンゾウは避けることなく正面から突っ込んだ。
「汚物は……消毒でごわす!!」
カナタの魔力が形成した浄化障壁が、ブレスを中和しながら突き進む。ゲンゾウはドラゴンの懐に飛び込むと、その太い腕を振りかぶった。
「お前も辛かったであろう! 無理やり暴れさせられて、体もドロドロで! 今、わしが楽にしてやるでごわす!」
それは攻撃であり、同時に救済でもあった。カナタが魔力の波長を攻撃から沈静化へと切り替える。ナビがドラゴンの生体コードを解析し、暴走コマンドを強制停止させるプログラムを構築する。
「強制シャットダウン(おやすみ)・パンチ!!」
ズドォォォォォン!!
ゲンゾウの拳がドラゴンの胸板に炸裂した。物理的な衝撃波が赤黒い靄を吹き飛ばし、同時にまばゆい光がドラゴンの全身を包み込む。毒島が仕込んだ狂化ウイルスのプログラムが、ナビのハッキングとカナタの魔力によって瞬時に書き換えられていく。
「ギ、ギャ……?」
ドラゴンの瞳から、凶々しい赤色が消えた。剥がれ落ちた腐肉の下から現れたのは、磨き上げられたような美しい白骨。ドラゴンは憑き物が落ちたように力を抜き、その場にぺたんと座り込んだ。
「ターゲットの沈静化を確認。毒島の支配コード、全削除完了」
ナビの報告と共に、周囲の空気が澄んでいく。戦闘終了。
「……ふぅ。スッキリしたでごわす」
ゲンゾウは満足げにドラゴンの頭(骨)を撫でた。ドラゴンも気持ちよさそうに目を細め、クゥーンと甘えた声を出す。
「さて、と」
カナタは奥にある制御盤へと歩み寄った。ここがダンジョンの心臓部。毒島が操作していたコンソールだ。
「マスター。このまま通常モードに戻す? それとも……」
ナビが意味深に問いかける。カナタはちらりとゲンゾウを見た。ゲンゾウは、浄化された空間を見渡しながら、うっとりとした表情で呟いている。
「……素晴らしい。空気が綺麗になったでごわす。これなら、ここで昼寝ができそうでごわすなぁ」
「昼寝……」
その言葉に、カナタのセンサーが反応した。毒島のような人間に管理させれば、また同じことが起きる。ならば、いっそのこと管理者を変えてしまえばいいのではないか? そして、どうせ変えるなら――自分たちにとって都合のいい場所に。
「ナビ。毒島のアクセス権限を凍結しろ。そして、この階層の環境設定をフルリノベーションだ」
「了解。プランは?」
「ゲンゾウさんの希望通り。究極の癒やし空間にしてくれ」
数時間後。事態の確認のために降りてきたシオリと毒島は、信じられない光景を目にすることになった。毒島は、勝利を確信していた。
あのような暴走個体を、たった二人で止められるはずがない。死体回収の算段をしながら扉をくぐった彼の目に飛び込んできたのは――
「……いらっしゃいませ~」
蝶ネクタイをつけたスケルトンによる出迎えだった。冷たいおしぼりが差し出される。
「は?」
毒島が呆然とする前には、広大な大浴場が広がっていた。かつて毒の沼地だった場所は、白濁した薬湯の温泉に。殺意に満ちていたモンスターたちは、タオルを持って背中を流す従業員に。そして、フロアの中央では。
「あ~、極楽極楽」
「……生き返るわ」
カナタとゲンゾウが、頭に手ぬぐいを乗せて湯に浸かっていた。その背中を流しているのは、先ほどのドラゴンだ。
「な、ななな……!?」
毒島は顔を真っ赤にして叫んだ。
「貴様ら! 何をしている! 私のダンジョンで、私の資源たちになんということを!」
「おや、毒島局長」
湯船の中から、カナタが気だるげに手を振った。
「効率化しておきましたよ。モンスターが暴れると危ないし、汚いでしょう? だから、こうやって平和的に共存することにしたんです」
「ふざけるな! これでは魔石が採れんではないか! 経済的損失はどうするつもりだ!」
毒島が喚き散らす。だが、その時だった。背後に控えていたシオリが、冷ややかな声で告げた。
「……損失? いえ、逆ですよ局長」
「何?」
シオリは手元の端末を見せた。そこには、ナビが試算した収支予測が表示されている。
「このダンジョン・スパの入場料、および関連商品の売上予測……。従来の魔石採掘による利益を、遥かに上回る数値が出ています」
「なっ……!?」
「さらに、モンスターを殺さずにブラッシングやマッサージを施すことで、彼らの体表から高純度の魔力粉末が採取できることが判明しました。これは魔石以上のエネルギー効率を誇ります」
それは、カナタの魔力とゲンゾウの優しさが生み出した、奇跡の副産物だった。殺さなくても、資源は取れる。むしろ、殺さない方が持続可能なのだ。
「ぐ、ぬぬぬ……!」
毒島は言葉に詰まった。経済合理性を盾にしていた彼にとって、平和な方が儲かるという事実は致命的な反論だった。
「というわけで、局長。ここは我々が管理します」
シオリは勝ち誇ったように微笑んだ。毒島は屈辱に顔を歪め、「覚えていろ……!」と捨て台詞を吐いて去っていった。こうして、毒島の野望は、安眠と平和を愛する二人によって、お湯の中に溶けていったのである。
「……勝ったな、ゲンゾウさん」
「うむ。やはり平和が一番でごわす」
のぼせた顔で笑い合う最強の分業コンビ。だが、毒島がこのまま黙っているはずがない。リゾート化によって生まれた新たな利権と、それを巡る争いは、まだ始まったばかりだった。
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